2004 年 アテネ オリンピック で 日本 が メダル を 獲得 した 数 は いくつ。 2004年 アテネ五輪の日本代表選手 メダリスト&入賞者

2004年アテネオリンピックのメダル受賞数一覧

2004 年 アテネ オリンピック で 日本 が メダル を 獲得 した 数 は いくつ

体操:98個(31個、33個、34個)• 柔道:84個(39個、19個、26個)• 競泳:80個(22個、26個、32個)• レスリング:69個(32個、20個、17個)• 陸上競技:25個(7個、9個、9個)• ウエイトリフティング:14個(2個、3個、9個)• アーティスティックスイミング:14個(0個、4個、10個)• バレーボール:9個(3個、3個、3個)• 射撃:6個(1個、2個、3個)• ボクシング:5個(2個、0個、3個)• アーチェリー:5個(0個、3個、2個)• 卓球:4個(0個、2個、2個)• 自転車競技:4個(0個、1個、3個)• ソフトボール:3個(1個、1個、1個)• バドミントン:3個(1個、1個、1個)• テニス:3個(0個、2個、1個)• 野球:3個(0個、1個、2個)• フェンシング:2個(0個、2個、0個)• サッカー:2個(0個、1個、1個)• セーリング:2個(0個、1個、1個)• 馬術:1個(1個、0個、0個)• ホッケー:1個(0個、1個、0個)• テコンドー:1個(0個、0個、1個)• カヌー:1個(0個、0個、1個) 日本のお家芸と言われる体操や柔道では、これまで多くのメダルを獲得してきた。 また、競泳の獲得メダル数も多く、東京オリンピックでも瀬戸大也らに金メダル獲得の期待がかかる。 冬季オリンピック• スピードスケート:21個(4個、7個、10個)• スキージャンプ:12個(3個、5個、4個)• フィギュアスケート:7個(3個、3個、1個)• ノルディック複合:5個(2個、3個、0個)• フリースタイルスキー:4個(1個、0個、3個)• スノーボード:4個(0個、3個、1個)• ショートトラック:3個(1個、0個、2個)• アルペンスキー:1個(0個、1個、0個)• JOCスポーツアカデミー事業 味の素トレセンを活用した強化合宿を積極的に行い、複数競技の専用練習場を持つ中核拠点のメリットを生かした競技団体間の連携を促進させながら、「チームジャパン」として各競技共通のプログラムを構築する。 オリンピック実施競技団体と関係団体が、JOCスポーツアカデミーを中心とした選手強化事業を実施する。 味の素ナショナルトレーニングセンター 2008年に東京都北区西が丘地区に建設された、トップレベル競技者用トレーニング施設。 JOC及びJOC加盟競技団体に所属する選手・スタッフが専用で利用している。 各競技の専用トレーニング拠点があり、国際競技力の向上を図っている。 また、複数競技のトレーニング場を集約することで競技団体間の連携を積極的に推進できる。 それにより、一競技団体での強化の限界を超えた成果をもたらすと期待されている。

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2004年アテネオリンピックで日本がメダルを獲得した数はいくつ?

2004 年 アテネ オリンピック で 日本 が メダル を 獲得 した 数 は いくつ

オリンピック総合運動競技場 に行われた総会で開催が決定。 アテネは開催100周年を記念しての開催都市に立候補したが、に敗れていた。 また、1回目の最低得票がケープタウンとブエノスアイレスの2都市になったために、2回目は落選都市決定戦という形で行なわれた。 2004年夏季オリンピック 開催地投票 都市 国 1回目 2回目 3回目 4回目 5回目 アテネ 32 - 38 52 66 23 - 28 35 41 16 62 22 20 - 20 - 19 - - 16 44 - - - 大会マスコット [ ] 双子の神と言う設定。 (姉)アテナ(もしくはアティナ)• (弟)フィボス 古代ギリシャ神話に登場する人物(神)がモチーフで、アテナは、フィボスはがモチーフ。 聖火リレー [ ] 詳細は「」を参照 ハイライト [ ] 開会式 [ ] 通常、オリンピックでは開会式の選手入場行進を行う際、先頭にギリシャ、以降開催国の公用語のアルファベット順に出場国の選手団が行進し、最後に開催国の選手団が入場する。 との選手団は合同入場を行っている。 表彰式 [ ] 各メダリストには、メダルの他にに倣いの枝で作ったが贈られた。 180個程度がアテネ市内の花屋によって作られたもので、オリーブの他にギリシャに自生している草花をあしらった一つひとつ手作りの品であった。 オリンピック発祥の国ならではの演出であったが、「選手たちがそれぞれ帰国した際に税関でので回収されるのでは」と懸念する声もあった。 実際に検疫に引っ掛かることはなかったようである。 また、金・銀・銅の各メダル制作はアテネにある高級宝飾品店ゾロタスが担当した。 なお、会期の最終日に行われる男子の表彰式は、本大会より閉会式の中で行われるようになった。 閉会式 [ ] で4年後に開催されるへの引き継ぎ式で、IOCの会長から北京市の市長にが手渡され 、8分間の紹介演技ではが演出総監督を務めた。 各競技のハイライト [ ] テニス競技• 男子60kg級でのが前人未到の3大会連続で金メダルを獲得し、また女子48kg級で同じく日本のが2大会連続の金メダル(メダル獲得は4大会連続)を獲得した。 このほか、日本勢は男女合わせて8階級を制覇した。 男子において、のがに続いて2連覇を達成、男子団体総合では日本が28年ぶりの金メダルを獲得した。 の陸上競技選手・がにおいて3大会目の出場で悲願の金メダルを獲得。 の選手・が49kg級でチャイニーズタイペイとして初の金メダルを獲得した。 男子ではが初優勝し、アルゼンチンの金メダルは全種目を通じて52年ぶりとなった。 銀メダルのは全種目を通じてオリンピック初のメダル獲得、銅メダルのはサッカーでの68年ぶりのメダル獲得となった。 女子でが以来20年ぶりの優勝を果たした。 女子ではが3大会連続の優勝を果たした。 男子ではのが初めて金メダルを逃した。 アメリカを破った勢いで、アルゼンチンが金メダルを獲得した。 中国のが陸上競技において12秒91の世界タイ記録で優勝、アジア勢初のトラック競技での金メダル獲得となった。 陸上競技男子では、アメリカのが連覇を逃した。 金メダルは同じアメリカのが獲得した。 、では、日本がメダルには届かなかったものの、それぞれ過去最高の4位で入賞した。 男子で優勝したのが試合後の検査を拒否し失格となり、金メダル剥奪処分となった。 代わって2位だった日本のが繰上げで金メダルを獲得した。 男子マラソンでは、のが先頭だった35km地点過ぎで乱入してきたにコース外へ押し出されて約10秒間のロス、大きくリズムを崩すも3位でゴールした。 国際オリンピック委員会は、を讃えるとしてを授与した。 女子マラソンでは日本のが優勝した。 : [ ] 国・地域別メダル獲得数 [ ] 詳細は「」を参照 順 国・地域 金 銀 銅 計 1 36 39 27 102 2 32 17 14 63 3 27 27 38 92 4 17 16 16 49 5 16 9 12 37 6 13 16 20 49 7 11 9 13 33 8 10 11 11 32 9 9 12 9 30 10 9 9 12 30 参考 順 国・地域 金 銀 銅 計 15 (開催国) 6 6 4 16• メダルを獲得した国・地域の数 :75• ドーピングによる失格選手数 :24人(メダル剥奪は金3、銀1、銅3の7人)• 日本人メダル総数:男子20個、女子17個 主なメダリスト [ ]• 1 金メダル• (日本、柔道男子60kg級)• (日本、柔道男子66kg級)• (日本、柔道男子100kg超級)• (日本、競泳男子100m平泳ぎ、200m平泳ぎ)• ・・・・・(日本、体操男子団体総合)• (日本、陸上男子ハンマー投)• (日本、競泳女子800m自由形)• (日本、陸上女子マラソン)• (日本、レスリング女子フリースタイル55kg級)• (日本、レスリング女子フリースタイル63kg級)• (日本、柔道女子48kg級)• (日本、柔道女子63kg級)• (日本、柔道女子70kg級)• (日本、柔道女子78kg級)• (日本、柔道女子78kg超級)• 劉翔(中国、陸上男子110mハードル)• (エチオピア、陸上男子10000m)• (スウェーデン、陸上女子七種競技)• ジャスティン・ガトリン(アメリカ、陸上男子100m)• (アメリカ、400m個人メドレー、他)• (中国、競泳女子100m平泳ぎ)• アルゼンチン(サッカー男子)• アルゼンチン(バスケットボール男子)• (エジプト、レスリング男子グレコローマンスタイル96kg級)• (ハンガリー、レスリング男子グレコローマンスタイル55kg級)• 陳詩欣 チャイニーズタイペイ、テコンドー選手49kg級• 2 銀メダル• (日本、アーチェリー男子個人)• (日本、レスリング女子フリースタイル48kg級)• (日本、柔道男子90kg級)• (日本、柔道女子52kg級)• (日本、競泳男子200mバタフライ)• 冨田洋之(日本、体操男子種目別平行棒)• ・・(日本、自転車競技男子チームスプリント)• ・(日本、シンクロナイズドスイミングデュエット)• 立花美哉・武田美保・・・・・・・(日本、シンクロナイズドスイミングチーム)• (アメリカ、陸上男子十種競技)• (ケニア、陸上女子マラソン)• (北朝鮮、柔道女子57kg級)• イタリア(バスケットボール男子)• (オランダ、自転車競技男子スプリント)• 3 銅メダル• (日本、レスリング男子フリースタイル54kg級)• (日本、レスリング男子フリースタイル60kg級)• (日本、レスリング女子フリースタイル72kg級)• ・(日本、セーリング男子470級)• (日本、競泳男子100m背泳ぎ)• (日本、競泳女子200mバタフライ)• (日本、競泳女子200m背泳ぎ)• 森田智己・北島康介・山本貴司・(日本、競泳男子400mメドレーリレー)• 米田功(日本、体操男子種目別鉄棒)• 鹿島丈博(日本、体操男子種目別あん馬)• ・・・・・・・・・・・・・・(日本、ソフトボール女子)• ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(日本、野球)• (アメリカ、レスリンググレコローマンスタイル120kg級)• アメリカ(バスケットボール男子)• バンデルレイ・デ・リマ(ブラジル、陸上男子マラソン) 主な競技会場 [ ] 競技施設の建設をはじめとする準備は、事前の計画より大きく遅れ、2年前の段階で4割程度と進捗率は低いままであった。 急遽、水泳センターを屋外化するなど設計変更による簡略化が図られたが、それでも開会式当日まで間に合わず、工事が続く施設が相次いだ。 こうした準備不足は、後年、IOC関係者がアテネの有様を他の大会の準備状況の物差しに使うなど、語り草となっている。 オリンピックスタジアム(開・閉会式、陸上、サッカー)• 水泳センター(競泳、飛込、シンクロナイズドスイミング、水球)• オリンピックホール(体操、バスケットボール)• 自転車競技場(自転車競技)• (アーチェリー、マラソンゴール)• (マラソンスタート地点)• (陸上砲丸投げ)• (レスリング、柔道)• 平和友好競技場 ピースアンドフレンドシップスタジアム (バレーボール)• オリンピック終了後、年間1億ユーロかかる維持費を抑制するため、ギリシャ政府は商用施設への転換を図り 、2005年、施設を管理するのハジエマニュエル会長により、競技施設などの運営、管理を民間企業に委託して、沿いのファリロン会場にゴルフ場やなどの複合施設の建設、国際放送センターを博物館にしようとする方針が示された。 しかし、施設の売却が進まないまま、を迎えて、ファリロンのスタジアムなどはが生い茂っている。 大会規模 [ ]• 運営費 :70億ユーロを超えるといわれる。 (当初予算総額46億ユーロ)• 放送権料 :日本(1億5500万ドル)、アメリカ(7億9300万米ドル)• チケット販売数 :360万枚(総数530万枚) テレビ放送 [ ]• アテネオリンピック放送機構(Athens Olympic Broadcasting)を通じて、全世界に向けて放送。 放送機材等はワールドワイドパートナーであるが担当。 ギリシャ国内では、 ERT の各チャンネルが生中継を中心に放送したが、その他の放送局では放送権の関係でダイジェスト番組も含め一切放送されなかった。 ハプニング [ ]• 系がに放送されたが、女子ソフトボール・予選「日本-アメリカ」戦が前試合による試合開始遅延や延長戦のため、女子バレーボール・予選「日本-イタリア」戦の試合開始までに決着が付かず、女子バレーは第1セットの途中から放送した。 また、同じ日にが野球・予選「日本-オランダ」戦の途中で「体操・男子団体決勝」に切り替えた。 の「日本-チャイニーズタイペイ」戦延長のため、系列(・を除く)のの放送開始が若干遅れて、24時間テレビのメイン会場のの観客からブーイングが起きた。 さらに、翌日(8月22日)にテレビ宮崎も「24時間テレビ」の終了時間が延長し、深夜1時にテレビ朝日受けの中継が入った関係上、その前の『』の途中でし、そのまま「オリンピック中継」に入った。 脚注 [ ] []• かつて4年ごとの大会の中間の年に中間大会をギリシャで行うという取り決めにより1906(明治39年)年にが行われたため、これを含めた場合は98年ぶり3回目となる。 ただし、中間大会自体がこの1回で終わっており、1950(昭和25年)年にIOCがこの大会の公式記録を削除し特別大会とされたため、公式にも108年ぶり2回目である。 の閉会式テレビ中継の男子マラソン表彰式でのアナウンスより• 2004年8月30日. 2018年2月28日閲覧。 2018年2月19日. 2018年2月26日閲覧。 2018年2月19日. 2018年2月26日閲覧。 2018年2月23日. 2018年2月26日閲覧。 扶桑社. 2014年7月29日. 2014年7月30日閲覧。 2005年5月18日. 2012年7月10日閲覧。 関連項目 [ ]• - アテネオリンピックでつぎ込んだ建設費が国債で賄われたため。 外部リンク [ ]• (英語)• 1896:• 1900:• 1904:• 1906: 注1• 1908:• 1912:• 1916: 注2• 1920:• 1924:• 1928:• 1932:• 1936:• 1944: 注2• 1948:• 1952:• 1956: 注5• 1960:• 1964:• 1968:• 1972:• 1976:• 1980:• 1984:• 1988:• 1992:• 1996:• 2000:• 2004:• 2008:• 2012:• 2016:• 2020: 注3, 注4• 2024: 注4• 2028: 注4• 2032: 注4.

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2004年 アテネオリンピック 国別メダル獲得数

2004 年 アテネ オリンピック で 日本 が メダル を 獲得 した 数 は いくつ

1.東京オリンピック(過去4回の大会について末尾で表示可) (メダル数予想) 今後、内外で数多くメダル予想が発表されるであろうが、1月の段階での東京新聞の予想は金24、銀28、銅30、計82というものである。 金メダルは1964年の東京五輪、2004年のアテネ五輪を上回ると見通されている(下表参照)。 東京五輪金メダルが期待される主な選手と種目 柔道 阿部詩、素根輝、混合団体ほか レスリング 須崎優衣、川井梨沙子、文田健一郎 競泳 瀬戸大也、大橋悠衣 バドミントン 桃田賢斗、女子ダブルス 陸上 鈴木雄介(競歩) 空手 喜友名諒、清水希容 クライミング 楢崎智亜 テニス 大坂なおみ 野球 ソフトボール (資料)東京新聞(2020年1月24日) (メダル数目標) JOCは東京五輪の金メダル数の目標を過去最多の16個を大きく上回る30個に設定した。 JOCの山下泰裕強化本部長(当時)によれば、「一部でその数字に驚かれたようだが、各競技団体が分析した上で出してきた数字」という(東京新聞2018. 25)。 金メダル目標30個について聞かれた山下泰裕JOC会長は直近の世界選手権で獲得したメダル数は若干足りないが(下表参照)、銀、銅をうまくやっていけば達成できる。 (中略)そのためには地の利を生かすことが重要になる」と答え、食事、調整における地元大会の優位性と日本国民の応援を挙げた(東京新聞2020. 2019年の主な世界選手権メダル数 競技名 金 銀 銅 計 競泳 2 2 2 6 体操 0 0 2 2 新体操 0 1 0 1 トランポリン 1 1 0 2 柔道 5 6 5 16 陸上 2 0 1 3 バドミントン 2 3 1 6 スケートボード 1 2 1 4 スポーツクライミング 1 1 0 2 卓球 0 1 0 1 レスリング 2 2 1 5 計 16 19 13 48 (注)東京五輪の実施種目のみ (資料)東京新聞(2020年1月5日) 2.金メダル(種目別)と金銀銅メダル(主要競技別) 金メダル種目一覧 計 個人 ダブルス チーム 1988年 ソウル 4個 男子 4 柔道1 競泳1 レスリング2 女子 0 1992年 バルセロナ 3個 男子 2 柔道2 女子 1 競泳1 1996年 アトランタ 3個 男子 2 柔道2 女子 1 柔道1 2000年 シドニー 5個 男子 3 柔道3 女子 2 マラソン1 柔道1 2004年 アテネ 16個 男子 7 ハンマー投げ1 柔道3 競泳2 体操 女子 9 マラソン1 柔道5 競泳1 レスリング2 2008年 北京 9個 男子 4 柔道2 競泳2 女子 5 柔道2 レスリング2 ソフトボール 2012年 ロンドン 7個 男子 3 体操個人総合1 ボクシング1 レスリング1 女子 4 柔道1 レスリング3 2016年 リオデジャネイロ 12個 男子 5 柔道2 競泳1 体操個人総合1 体操 女子 7 柔道1 競泳1 レスリング4 バドミントン1 (資料)ほか 金銀銅メダル(主要競技別) 陸 上 競 泳 体 操 レスリ ング 柔 道 卓 球 バドミ ントン その他 計 2000年 シドニー 金 1 4 5 銀 2 1 2 3 8 銅 2 2 1 5 2004年 アテネ 金 2 3 1 2 8 16 銀 1 1 1 2 4 9 銅 4 2 3 3 12 2008年 北京 金 2 2 4 1 9 銀 2 3 1 1 7 銅 1 3 1 2 2 9 2012年 ロンドン 金 1 4 1 1 7 銀 3 2 3 1 1 4 14 銅 1 8 2 3 3 17 2016年 リオデジャネイロ 金 2 2 4 3 1 12 銀 1 2 3 1 1 8 銅 1 3 1 8 2 1 5 21 (注)北京五輪陸上の銅メダルは銀に繰り上がる見通し (資料)東京新聞(2018年7月25日) 3.柔道と全体のメダル数 日本のメダル獲得総数に大きく寄与している柔道男子・女子のメダル数の推移を以下に掲げた。 1992年バルセロナ・オリンピック以後、アテネまでは、金メダル数では柔道における獲得数がいずれの大会でも5割以上となっていたが、北京では44%と5割を下回り、ロンドンではついに金メダル1個で14%となった。 リオデジャネイロでは、25%まで回復したがかつてほどの比率ではない。 リオデジャネイロでは、金メダル数は多くないが、総数では男子では全階級でメダルを獲得し男女計とともに過去最多のメダル数となった。 ただし総メダル数でも全体の3割は越えていない。 リオデジャネイロ大会で柔道のメダル総数は過去最多となった。 これには、他の競技と同様、施設、人材面の強化対策が功を奏しているとされる。 「ロンドン五輪で史上初めて金メダルゼロに終わった柔道男子を全階級メダルで復活させた井上康生監督は現役引退後の09年1月から2年間、JOCの制度を利用し、英国へコーチ留学。 身につけた科学的知見を生かし、国際化する柔道の潮流も踏まえて改革した」(毎日新聞2016. 17ほか 4.金メダル推移(男女別獲得数) 以下に金メダル数の推移を男女別に掲げた。 シドニーまでの金メダル数は男子が女子を上回っていたが、アテネ、北京、ロンドン、リオデジャネイロと最近の4大会では、女子が男子を上回っている(女子選手比率推移については図録も参照)。 参加選手女性比率が50%を越えるのは女子チーム競技の参加が大きい。 ロンドン・オリンピックの女性選手比率は53. 2%であるが、日本選手団の選手293人のうち、女性のみの競技である水泳のシンクロ9人、体操の新体操6人、及び女子チームのみの参加のバレー12人、ホッケー16人、計43人の女子選手の参加が影響している(毎日新聞2012. 25)。 これは日本だけの傾向ではなかった。 ロンドンにおける「メダル数上位の米国、中国、ロシアはいずれも参加選手数、獲得メダル数とも女子が男子を上回った。 」(毎日新聞2012. 13夕) 2016年 リオデジャネイロ・オリンピック(各国メダル数は図録) リオデジャネイロ大会の金メダル数は12個と世界順位は前回の10位から6位へと躍進、過去の大会の金メダル数と比較すると04年のアテネを除くと76年のモントリオール大会以降最多となった。 公式メダルランキング(金銀銅順の優先ランキング)でも北京8位、ロンドン11位から6位に回復。 また、金銀銅のメダル総数では41個と過去最多となった。 こうした成果については、やはり、オリンピックへ向けたこれまでの長年の強化策が功を奏したという見方が主である。 「出発点は1996年アトランタ五輪の惨敗にある。 本格的強化が始まった64年東京五輪以降で最少タイのメダル総数14個(金3、銀6、銅5)だった。 92年バルセロナ五輪で、プロ選手の出場が全面解禁され、競技水準が劇的に上がった。 危機感を覚えたJOCは01年、国際競技力向上戦略「ゴールドプラン」を作成し、ジュニア選手の育成や、指導者の養成に着手して、国にも支援を働きかけた」(毎日新聞2016. 22)。 「日本は2000年以降、選手を医・科学の側面からサポートする国立スポーツ科学センターや、各種トレーニング施設と宿泊所が完備されたナショナルトレーニングセンター(いずれも東京都北区)を設置した。 競技団体は強化合宿を定期的に実施できるようになり、練習場所の確保などに四苦八苦することがなくなった。 08年にはメダル獲得の可能性が高い競技を重点的に支援する制度も立ち上がり、用具・用品やトレーニング機器の開発、映像による分析などが選手らと一体となって行えるようになった。 また、前回のロンドン五輪から選手村の近くに「マルチサポートハウス」を設置し、施設内のジムやプール、体育館を選手が自由に利用できるようにしている。 これらの選手支援は米国などが以前から取り入れていたが、日本もようやく追い付き、実をつけてきた」(東京新聞2016. 22社説)。 国は次の東京オリンピックでは世界3位(金メダル数20〜33個)を目標にしている。 このため橋本聖子・日本選手団長は総括記者会見の中で強化予算の拡充を求めた。 2016年リオデジャネイロ大会の女子レスリングは金メダル4個という快挙となった。 「ピリオドごとに得点をリセットできたロンドン五輪に比べ、攻め続けないといけない現在のルールはスタミナのある日本選手に有利な印象」(東京新聞2016年8月19日「小原日登美の目」)。 これが結果として証明されたようだ。 2016年リオデジャネイロ大会の女子レスリング58キロ級金メダルを獲得した伊調馨選手は女子個人種目で全競技を通じてオリンピック史上初の4連覇を達成した。 オリンピックでの個人種目4連覇は以下の4選手に続いて5人目となる。 オリンピックの個人種目4連覇 選手名(国名) 競技種目 4大会 ポール・エルブストローム(デンマーク) セーリング 1948年ロンドン〜1960年ローマ アル・オーター(米国) 陸上男子円盤投げ 1956年メルボルン〜1968年メキシコ カール・ルイス(米国) 陸上男子走り幅跳び 1984年ロサンゼルス〜1996年アトランタ マイケル・フェルプス(米国) 競泳200mメドレー 2004年アテネ〜2016年リオデジャネイロ 伊調馨(日本) 女子レスリング 〃 (資料)毎日新聞2016年8月18日夕刊 2012年 ロンドン・オリンピック(各国メダル数は図録) 世界にならってオリンピックに対し国家支援が強化されるようになっている。 スポーツ基本法(2011年制定)ではスポーツを国家戦略として推進することとされ、2012年春策定のスポーツ基本計画(文科省)では日本の五輪での金メダル順位の目標が「夏は5位以内、冬は10位以内」と設定された。 オリンピックの強化策としてはJOC経由で各競技団体に配分される強化費に加えて2008年度から文科省のマルチサポート事業という国の直接支援が実施され、5年目の2012年度にはメダルが有望なターゲット競技に重点配分されるマルチサポート事業の予算(27. 46億円)がJOC補助(25. 88億円)をはじめて上回った(毎日新聞2012. 22)。 JOCはロンドンで政府の目標を達成するためには金メダル15〜18個が必要と考えている。 そしてJOCの皮算用では、柔道6〜7、レスリング4前後、体操2〜3、競泳2、ハンマー投げ1、サッカー女子1で達成可能とみていた(同上)。 ちなみに日本の金メダル順位は前回北京では8位、前々回アテネでは5位であった。 結果は、金メダルは7つにとどまった。 日本選手団のメダル目標は上記のとおり金メダル5位以内であったが実際の順位は10位であり、目標達成はかなわなかった。 これは旧ソ連各国など外国勢が力を伸ばしてきた結果、柔道の金メダルが女子1個に止まったことが大きく影響している(上段参照)。 しかし、メダル総数は過去最多の38個となった。 これは実施競技の半数の13競技でメダルを獲得したからである。 練習環境の充実も背景の1つであった。 「今回は味の素ナショナルトレーニングセンター(NTC)、文部科学省のマルチサポート事業が本格的に稼働した五輪だった。 NTCの効果が表れたのが、フェンシング、アーチェリー、バドミントン、ボクシング、卓球、レスリングなど。 これまでは練習拠点に苦慮していたが、NTCの整備により年間で活用することができるようになった。 」(毎日新聞2012. 14) 今後、選手へのさらなる支援が必要という考え方もある。 日本選手団の「橋本聖子副団長は「(外国に比べ)日本のスポーツに掛ける予算はまだまだ少ない。 (スポーツ予算に対する)メダル獲得率は世界一に匹敵するのでは」とたたえた。 また、躍進の一因として橋本副団長はマルチサポートハウスを挙げ、「(現地入り後は)激しいトレーニングが既に終わっているので、コンディショニングが一番大事。 ご飯などの日本食や炭酸泉が良い効果を上げた」と分析した。 」(毎日新聞2012. 13) 2008年 北京オリンピック(各国メダル数は図録) オリンピック北京大会における金メダル数は9個、メダル総数25個となった。 金メダル、メダル総数ともに前回を大きく下回る結果となった。 もっとも一回前の2000年シドニーと比較すると金メダル数、メダル総数とも北京の方が上回っている。 北京の日本選手団はよくやった方だという評価が一般的である。 「アテネ以降の世界選手権の実績を加味すれば、ほぼ実力通りだ。 」(毎日新聞2008. 25)という訳である。 メダル数の減少を福田日本選手団長はこう説明しているという。 「日本の実力はアテネの時点と変わらないが、世界の競技レベルが上がった。 」(同上)この「実力」自体が世界と比較すると問題である点は、図録の人口比を考慮した評価を参照。 北京オリンピックでの特徴は、アテネで活躍した選手がそのまま力を維持したことである。 競泳男子平泳ぎで連続2冠を達成した北島康介選手をはじめ金メダルのうち7個が連覇だった。 5%高、16個のアテネで1. 4%高、一方、5個以下の4大会でいずれも下落だった点から、株式市場からも「頑張れニッポン!」コールが高まってきたと報じられた(東京新聞2008. 15)。 2004年 アテネ・オリンピック(各国メダル数は図録) オリンピック・アテネ大会における金メダル数は16個と過去8大会を上回り、過去最高の東京大会と同じであった。 メダル総数は、過去最高のロサンゼルス大会を上回り、過去最多の37個であった。 どうしてアテネ・オリンピックでメダルが増えたかについては、政府の支援策強化、若者のマインド変化、女性力の向上、訓練方法の改善、個人種目選手の海外高地特訓、ドーピング検査強化の影響などがあげられていた。

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