おぼろ 流れ星。 バジリスク絆2【設定示唆 判別 シナリオ 終了画面 朧 赤い月 ボイス】解析

流れ星の夜

おぼろ 流れ星

さらに前々回からの続きです. 映画の中の神戸,1950-70年代くらい. まずは「赤い波止場」 1958 の三ノ宮駅前のシーンから. 東京へ帰る刑事の見送りシーンで登場 石原裕次郎と岡田眞澄が振り返ります. 背景に神戸新聞会館 設計:村野藤吾 1956 が映ります. 「紅の拳銃」 1961 ではカラーでより鮮明にわかります. ヒロイン笹森礼子が三ノ宮に到着したところです. 駅前広場側も映ります. 同じく左手に神戸新聞社ビル. ママーと書かれたオート三輪が走っていきます. マ・マースパゲティでしょうか. マ・マースパゲティは1956年の発売. マ・マースパゲティ by 日清製粉 「紅の流れ星」 1967 の三ノ宮駅前です. 真横から見たところ. 奥に神戸新聞会館が映っています. ルリルリ神戸到着シーン. タクシー乗り場の看板にも「国鉄の承認... 」 昔は各駅のタクシー乗り場にこんな看板がありましたなあ. 「華麗なる一族」 監督:山本薩夫 1974 では, 画面右へ行くそごうへの歩道橋が完成しているのがわかります. この歩道橋は市電廃止後にできました. 小学生姿の私が映っていてもおかしくない時代ですw 今はこんな感じ. 石原裕次郎や浅丘ルリ子が立ったのは,あのタクシー乗り場があるあたりでしょうか. 南からコンコースの方を向いたところ. 駅ビルは三ノ宮ターミナルビル 1981 に建て替わっています. 阪神大震災で被災し解体となった神戸新聞会館跡にはミント神戸 2006 が再建されています. 神戸交通センタービルの中から. 「紅の流れ星」でルリルリが航空券と空港へのバスのきっぷを買い東京へ帰ろうかというところです. 全日空の窓口があったのですね. フラワーロードをはさんで奥に神戸新聞社が見えています. 窓口を出てビルの南西側にある空港バス乗り場へ,交通センタービル内を歩いていきます. 途中背景にそごうや右手にさんちかへの階段入口も見えます. ルリルリは突然気が変わって空港バスを見送ってしまいます. 空港バスの運転席ごしに,そごう神戸店が見えています. 現在の神戸交通センタービル. そごう側から見たところ. 交通センタービル内の全日空のオフィスがあった所は,現在オリックスバファローズ球団の直営売店となっております. ブルーウェーブとバファローズが合併したので今となっては微妙な名称になっています. 当時と同じ交通センタービル1Fからみた,そごう神戸店. 地下へ降りる階段は当時と同じさんちかへ降りる階段です. つい今しがたルリルリが歩いたかのような錯覚にとらわれ,うろうろしてしまいましたw 誰にも気づかれていませんようにww 今も大阪空港行きバス停は同じ位置に. 切符は自販機になっていますが. ルリルリと渡のデートシーン 東遊園地前の画面中央の歩道をぶらぶらしています 右奥が神戸市役所. その手前が市会議事堂,今はノッポビルの市役所の1号館が建ってます. フラワーロード,こんな感じでしたね! 側道を仕切る石積みの分離帯が懐かしい. と思ったら,歩道が拡幅して側道の分離帯を飲み込んでいました. そして次は元町へ. お魚ちゃんがぱくぱくするハイセンスの元町w 「紅の流れ星」でルリルリがアーケードの柱にもたれて待っている右後ろに明治屋神戸元町ストアーが見えます. 2013年閉店. 明治屋の跡はABCマートになっています. 南京町も再開発前はこんな感じでしたね. 元町商店街から南方向を見たところ. 左側に伊藤グリルの看板が見えます. 写っているのは私たちの世代だと「探偵物語」の町の仲間たちで有名な榎木兵衛です. 今は道幅も拡幅し,観光客も増えこの面影はありません. 伊藤グリルの看板が左に見えます. 南京町の東西の通り,東の方を見たところ. この道も狭かったです. 背景の大きなビルは大丸でしょうか. ぎょうざ苑が健在. 今は観光客でごった返しています. 右奥でまどろむ渡と,彼を狙う刺客の宍戸錠の構図. 神戸の港という設定ですが,どうやら横浜港のよう. 大桟橋のこの辺やと思うのですがどうでしょうか? 散歩しに行くには遠いので google mapよりw 東京へ飛行機で帰るのを気まぐれに取りやめたルリルリが渡のことを思いながら,摩耶大橋を渡っています. 背景は摩耶埠頭第1突堤. 背景には神戸市バス. 橋の中程を渡るほとんど点に見えるのがルリルリと渡です. 神戸製鋼所の看板が見えます. 煙突だらけですな. 思えば私らの子供の頃は埃やスモッグでもくもくとした町でしたな. あのあたりは阪神大震災後,HAT神戸として兵庫県立美術館 設計:安藤忠雄 2002 やら復興住宅が立ち並んでいます. で散歩してきました,摩耶大橋! 夜ですがw 右が摩耶大橋 1966 ,左が第二摩耶大橋 1975. 摩耶大橋には歩道があります. ここをルリルリが歩いたのですね! たいして高そうに見えないですが,現地に行ってみると結構高いですw 歩道はそれほど広くなく,手すり高さも今の基準より低いんじゃないでしょうか. 私の重心よりは確実に低く,強い力でぶつかると下に落ちちゃうかも. ここが灘区と中央区を架ける橋,通称神戸のボスポラス海峡と言われています. 段数数えるの忘れましたが結構ありますw ということで低い雲が垂れ込める,神戸市中央区新港埠頭に降り立ちました. 歩いて渡っている人には出会いませんでした. 適度な起伏もありますのでジョギングにいいかも. ではまた. 紹介したロケ地map 「青草に坐す」 監督:野村芳太郎 1954 「赤い波止場」 監督:舛田利雄 1958 「紅の拳銃」 監督:牛原陽一 1961 「紅の流れ星」 監督:舛田利雄 1967 映画の中の神戸散歩シリーズ 1. 少し昔の神戸をぶらぶらと おぼろげな記憶を思い出しながら 2. 紅の流れ星で神戸を散歩 のつづき,神戸山手篇 3.

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FINAL FANTASY XIV, The Lodestone

おぼろ 流れ星

2018年放送の「ニュートリノ」の俳句作品を見たい• そこで全ての応募作の中から特選として8本にコメントをいただきました。 冬の水湛えて星の終り知る うしうし ニュートリノを捕らえる巨大な水槽。 湛えられた「冬の水」はじっと静まりかえって、「星の終り」を知らせる粒子の到来を待っています。 装置が粒子を捕らえた瞬間発せられる、青い光。 冷たい一瞬のひらめきが、冬の水の刺すような冷たさを深くするようです。 枯野へと無垢な暗黒物質来 ヒカリゴケ 番組未発表 宇宙を構成する見えない物質と言われる「暗黒物質」。 全く無垢な原初の存在。 その粒子は寒々しい「枯野」へも降り注いでいます。 目の前の茫漠たる枯野は、あらゆるものを通り抜ける無数の粒子を受け止める器のようにどこまでも広がります。 粒子にも恋にも質量あつて夏 よだか 番組未発表 ニュートリノを題材にしてこんな軽やかな句が生まれてくる愉快。 重さなど限りなく小さい「粒子」と、目に見えず触れることもできない「恋」。 どちらにも「質量」があると言い切る作者の「夏」は幸せなものになるでしょうか。 鮮やかに過ぎていきますように。 廃坑の水底蒼き朧かな 樫の木 スーパーカミオカンデは今は使われなくなった「廃坑」を利用して作られています。 ひんやりとした廃坑の奥深く、ニュートリノを捉える巨大な水槽が設置されています。 空間全体が巨大な水底であるかのような大空洞。 水気を含んだ朧なる夜の底を、水は蒼く粒子の到来を今日も待ち続けています。 秋天の粒子我らを透きとほる 寺沢かの 抜けるような秋空。 身を温める秋の日射しが気持ちの良い日です。 晴れ晴れとした「秋天」の下に立つ私たちを無数のニュートリノがすり抜けていきます。 その「粒子」の知識を得なければただ気持ちの良い日であるというだけの感覚。 科学が物の見方を変えるという体験のなんと楽しいことでしょう。 開闢の無音のことば銀河より 純音 銀河が始まったその瞬間、天地開闢の時。 宇宙には無数の粒子が放たれたのでしょう。 一切の音のない世界で放たれた粒子は今も「無音のことば」となって宇宙を飛び交っています。 夜空に見上げる乳色の「銀河」は深遠な美しさに瞬いています。 「羅列」された難解な「数式」と格闘する研究所を一歩出れば、外は「囀」の降り注ぐ山中。 固まった背中をうーんと伸ばすと柔らかな緑。 其処此処から降る囀にリフレッシュし、再び研究へと戻ります。 地下深くに満々と水を湛えて水槽は粒子の到来を待っています。 「いうれい(幽霊)」ほどの微かな「目方」を捉え「歪む」水が蒼く昏く瞬きます。 見えない物を捉えた瞬間の反応を科学の目は確と観測し、俳人の眼はぞっとする詩的真実として描き出します。 2018年放送の「チバニアン」の俳句作品を見たい• そこで全ての応募作の中から特選として7本にコメントをいただきました。 緑陰に腸晒すチバニアン ふわりねこ チバニアンの地層は谷川に面した山の斜面に晒(さら)されています。 斜面のすぐ上まで緑が迫る採掘現場。 古い古い地層はさながら地球の「腸」。 「緑陰」には何億年もの記憶を語る地層がしっとりと涼気に濡れています。 青葉闇磁場逆転の地層嗅ぐ 鮎川 渓太 未知の物に相対した時、人の好奇心は様々な形で表れます。 「地層」の匂いを「嗅」ぎたい!と思う、その精神がまさに俳人。 かつて地球の「磁場」が「逆転」した、その記憶を留めた地層は一体どんな匂いがするのでしょう。 「青葉闇」が私たちの嗅覚を刺激します。 磁場逆転記す大地や青嵐 一斤染乃 番組未発表 千葉セクションを強い川風が吹き抜けます。 山の緑を揺らしていく力強い「青嵐」。 かつて海の底だった渓谷には数十億年前の「磁場逆転」の記憶が眠っています。 海流に変わって風に磨かれるむき出しの「大地」に向かい、研究チームはまた新たな「記 しるし 」を読み取るのです。 2019年放送の「はやぶさ2」の俳句作品が見たい• 生命の生まれる源となっていった「水」を秘めた「星」を思う時、自身がかつて命を宿した「子宮」のイメージが重なります。 遥か隔たった両者の存在を「夏濤」の大らかさが繋いで力強い。 りゅうぐうに初めての客秋の風 あさふろ 「りゅうぐう」の名に思い出すのはもちろん浦島太郎の昔ばなし。 遥か宇宙の旅を経て人類が初めて到達する小惑星リュウグウは、もちろん華美な都ではなく、荒涼とした岩の星。 探査機の到達は涼やかに清新な思いを地球に居る私に思い起こさせるのです。 飛花落花三億キロを経て制御 斎乃雪 はるか「三億キロ」も離れた探査機を地球にいながら精密に「制御」し得るとは、人類の科学の進歩にくらくら目眩がする思いです。 無作為に飛び落ちる桜の花びらの頼りなさよりもさらに捉えがたい存在を、科学者は今日も「制御」し導いているのです。 リュウグウへ涼しく触れて帰りけり 小野更紗 「リュウグウ」へのタッチダウンの映像を俳人の目線で描写した一句。 ゆっくりと地面へ採取のための管が近づき、一瞬触れたかと思いきやすぐに上昇へ転じるはやぶさ2。 その姿にも、パッと舞い上がる破片の波紋にも、俳人は「涼し」という季語を感受するのです。 「海月の化石」もあるかしら、リュウグウという名だし…と俳人は夢想するのです。 頼りない半透明の「海月」が真っ黒な星の肌に刻まれていたらと想像するとファンタスティック! リュウグウへ行かん小春と水あらば 土井探花 「リュウグウ」を目指す科学的理由はさておき、俳人目線でその理由を語るならばこんな句になるのでしょう。 遥か遠い小惑星にも水と、初冬の穏やかな春に似た日和があるのならば、さあ行きましょう、と。 「小春」が想像と現実のバランスを取って味わい深い一句。 手の中のごつごつした「じゃがいも」に小惑星リュウグウとの共通点を見いだす、俳人の日常感覚から生まれるこの発想が大好き! 銅埋むる清明のリユウグウよ 彼方ひらく 「清明」は二十四節気の一つ。 万物が溌剌(はつらつ)とする春の頃です。 人工クレーターを作るためリュウグウへと撃ちこまれた純「銅」の衝突体は、見事10メートル以上のクレーターを形成しました。 黒色のリュウグウに鮮やかに埋まるあかがねは、これから幾千年もの「清明」を迎えることでしょう。 恋猫に傷リュウグウに有機物 片野瑞木 地上にいる「恋猫」、はるか宇宙の「リュウグウ」。 それぞれが持つモノを並列に語ります。 「恋猫」は昨夜の争いの生々しい「傷」を留め、「リュウグウ」は弾丸に剥がされた「有機物」を含む破片として採取カプセルへと収められる。 詩の天秤に両者がぴったりと釣り合います。 冷奴星に触れても良い時代 北野きのこ 人類にとって「星」は遠くに在り、ただ思いを馳せるだけの存在であった長い長い時代。 しかし小惑星探査に乗り出した今は「星に触れても良い時代」である。 その事実に驚きつつ、作者にとっての現実は目の前の「冷奴」をつつく、昔ながらの生活。 飄々(ひょうひょう)とした対比に小市民的実感があります。 はやぶさ2 佳作 豆ご飯ターゲットマーカーはこんなかな あきはつ プレパラートの銀河に原始の欠片 いさな歌鈴 リュウグウの土産待ち侘び枇杷をもぐ カンガガワ孝川 石にあるベンゼン環や冬銀河 クラウド坂の上 竜宮やただ沈黙の冬の海 ちびつぶぶどう 水は在つたかアンテナ平らかに蝶は ときこ 竜宮の欠片拝借する無月 ひでやん 一億年前一億年後天の川 めいおう星 はやぶさ2冬舐めるよに宇宙嗅ぎ 鮎川 渓太 風光る三億キロを来る始原 宇佐美好子 冬雲や指令棟の拍手握手 宇田建 返信を待つ夏空の水の星 甘平 銀漢や生命の水を探しゆく 吉村よし生 星雲の鱗粉撒きて隼来 月の道馨子 はやぶさ2のニュース網戸に星ひとつ 高橋無垢 億年の水に棲んでる目高かな 石岡女依 その箱に星の若水汲んでこい 雪ぽん 無音なる胎児の夢か湖の月 走流 磁極から探査領域青嵐 大村真仙 地球とは何からできた春の海 大野美波 遠ざかるための引力冬の星 中岡秀次 ブラックボックス開ける呪文や鳩を吹く 直木葉子 十九分先のはやぶさ2の声 島崎伊介 はやぶさ2町工場難加工遂げ 南城馬天 出来のよい子だと褒められ夏の星 日午 隼の神の独楽なる星に添ふ 播磨陽子 目を持たぬ魚の星や月冴ゆる 平本魚水 「はやぶさ」や 二百十日の 白き渦 律儀者の子沢山 神様の難問次々明易し あまぶー 探査機の放つ弾丸竜天に えむさい りゅうぐうの石遙かなる星明り かつたろー。 リュウグウの破片飛び散る冬銀河 きなこもち 開闢の濁る枯野を遠ざかる ぐ 母は海父は星なり蓮の花 クラウド坂の上 ごつごつの星に舟着く夏至の夜 しかもり 剥がされる惑星の皮膚鳳仙花 じゃすみん エーテルも孤独も架空秋の宙 ちゃうりん かちこちと軌道修正てんと虫 どかてい カプセルに宇宙の起源ソーダ水 なかの 花梨 滴りや原始の地球より今へ ひなた 消印はリュウグウ滴りの匂ひ 一斤染乃 茅の輪めくはやぶさ2の大軌道 可笑式 星月夜渦の中心の静けさ 海葡萄 探査機の孤独な旅路花氷 海老名吟 「はやぶさ2着陸」馬鈴薯の芽を刳り貫く 樫の木 龍穴に隼の影止まりけり 亀の 引き合つてできる星空鶴帰る 亀田荒太 かそけき電波夏蝶を震わせて 鞠月けい リュウグウの砂石のロマン秋気澄む 宮本幸子 鮭太し星の静寂を回帰する 芹澤 順子 秋灯鉄瓶の肌星めきて 月の道馨子 惑星のサンプルに2グラムの夏 古瀬まさあき 超新星爆発冷し酒かちり 古田秀 地震の無き小さな星よ風涼し 綱長井ハツオ 心あるごと探索機夏の星 香野さとみZ 探査機のカプセルぽつん炎天下 高橋寅次 惑星のゲノム孕みて星涼し 克巳 猛禽の巣立ちのごとき逆噴射 佐々木のはら 銀漢や時の欠片を捕まえる 山田由美子 星屑は謎を解く鍵鳥渡る 山内彩月 ラムネ抜く音もあかるきタッチダウン 次郎の飼い主 太陽系はあな喧し月涼し 七瀬ゆきこ 月明の光と影の石拾ふ 純音 星の声拾う腕あり街に虹 小泉岩魚 盛夏待つコアセルベートの海の謎 小倉あんこ 爆発の記憶リュウグウの凹み 上原淳子 星涼し持ち帰りたるオルト雲 星埜黴円 草笛やはやぶさ2の降りる音 西村英雄 通信は十三分の時差落し文 斉藤浩美 会見の満面の笑み梅雨月夜 村上ヤチ代 夏星に触れて本望七億キロ 谷口詠美 傾いて降りる機体の秋思かな 中山 月波 エンジンの青き噴射や朧月 中西柚子 喜雨粛々管制室の三時間 田尻武雄 蚯蚓鳴き星の終はりを警告す 田村利平 竜宮は石の星らし旱梅雨 渡邉竹庵 哺乳せる宇宙しづかな冬支度 登りびと リュウグウを傷つけ冴ゆる星に住む 豚ごりら 孤独ではなき長やかな旅や夏 薄荷光 玉手箱の中身は時間冬銀河 比々き 夏へ切る緊急離脱時のシャッター 富山の露玉 運動の第二法則流れ星 腹胃 壮 生命の最初はアミノ酸銀河 豊田すばる はやぶさや虹を引っ掻く爪隠す 満る はじまりは何だったのか雪蛍 眠井雨 見えざるを掴む一徹星朧 野地垂木 りゅうぐうへ行きつ戻りつ半仙戯 有本仁政 無音吐き開闢の使徒舞い上がる 眞子 寂しがり屋の惑星めがけ隼来 芍薬• 2019年放送の「恐竜」の俳句作品が見たい• 第4回 恐竜 特選句 選者:夏井いつき 落着きのなき恐竜もゐて小春 板柿せっか 進化の過程で様々な特性を得ていった「恐竜」たち。 中にはこんな恐竜もいたかもしれません。 忙しなく周りを見回したり、飛び跳ねている姿を想像すると愉快。 冬の最中のふっと暖かさの差す「小春」が一層彼らをそわそわさせそうな気がしてきます。 第六絶滅期最中にゐて涼し 寺沢かの ある時期に多くの生物種が同時に絶滅することを「絶滅期」と呼ぶそうです。 最も近くに起きた第五絶滅期は約6600万年前。 恐竜たちもこの絶滅期で滅びました。 そして現在、地球は「第六絶滅期」を迎えているそうです。 驚愕と同時に「死」という無常を冷静に受け止める作者。 肉体だけでなく心理にも及ぶ「涼し」。 ユリノキの花恐竜の目の高さ 野村かおり ユリノキは15メートルほどにも成長する大きな木。 チューリップのような大ぶりの花をつけます。 「ユリノキの花」を見上げ、俳人は夢想します。 恐竜がいたらこれくらいの高さかしら、枝ごと花をむしって食べるのかしら。 カガクとの出会いが俳人の想像をもっと楽しくしてくれます。 恐竜は死んだ蛙は生き延びた 平本魚水 ばかばかしいけどこんな率直な句も好きだなあ!巨大な「恐竜は死んだ」、しかし小さな「蛙は生き延びた」。 大小を対句表現で並べることで詩を生み出す型。 恐竜たちがいなくなった大地に次々と増えていく「蛙」は小さな身体で世界に音を発し始めます。 恐竜の肌は虹色かも素風 ひでやん 近年の技術発達の結果、昔はわからなかった恐竜の色までが判別できるようになってきました。 ひょっとしたら「虹色」の恐竜もいたかもしれない、なんて驚きです。 秋の風は色なき風、素風とも呼ばれます。 恐竜に生えた色とりどりの羽毛を素風はそっと戦(そよ)がせていたのかもしれません。 恐竜の骨に噛み跡夏の空 くま鶉 夏空の下での発掘。 「恐竜の骨」に見つかった不自然な凹み。 これは他の恐竜が噛みついた跡だ、と断定される。 そこから科学者たちの思考は広がっていきます。 彼らはどんな生態だったのか。 襲った恐竜の数や種類は。 尽きることない科学者たちの探求心を吸い込んで夏空は青く広がります。 化石竜の眼の穴の闇秋の声 高橋寅次 組み上げられた恐竜の骨格標本。 本来眼球が収まっているべき眼窩(がんか)はぽっかりと闇があるばかりです。 「秋の声」は天文の季語でありながら、心理的わびしさをも含んだ季語。 「目の穴の闇」を吹き抜ける風、あるはずのないその物音まで聞き止める俳人の聴覚。 恐竜の胃石ごろごろはたた神 中山月波 恐竜たちは食べたものを胃の中で砕くために石を飲み込み、「胃石」として体内に留めているそうです。 発掘と共に出て来る「胃石」の数々。 かつて恐竜の胃の中でこの石たちが「ごろごろ」と肉も骨も砕いていたという事実に驚きます。 「はたた神」の轟(とどろ)きもごろごろと発掘現場をどよもす夏の日。 小鳥来てひろびろ恐竜の眉間 香野さとみZ 恐竜は進化の過程で大きな身体を捨て、空を飛ぶ力を手に入れました。 そして現在の鳥へと姿を変えていったのです。 今窓辺にくる「小鳥」の鮮やかな羽色も恐竜たちから受け継いだ色彩かもしれない。 もし恐竜たちの時代にも「小鳥」たちがいたら、恐竜の広い眉間にも止まったかもしれない。 時代を越えた俳人の色鮮やかな夢想。 図鑑よりプテラノドンの飛びて雪 きさらぎ恋衣 一読、飛び出す図鑑を想像しました。 寝る前の読書でしょうか。 ページを開くと立体に立ち上がって空を飛ぶ「プテラノドン」。 外には静かな雪が降っています。 楽しい気分のまま眠りに落ちた夢の中では本物のプテラノドンが空を飛んでいるのかも。 恐竜 佳作 万緑や恐竜の影隠しけり 野中泰風 灯火親し化石に翳す拡大鏡 腹胃 滴りやコバルトの羽閉じ込めて 板柿せっか 恐竜といたでで虫の琥珀かな 播磨陽子 時の日や恐竜の糞掘り当てり 島立隆男 恐竜の羽根の色して色鳥来 中岡秀次 恐竜の卵に罅や大夕焼 青海也緒 虹見ればきっと優しくなる恐竜 清水風流 籐椅子は揺るる進化論すら定まらぬ 松浦麗久 春の雪始祖鳥の目の開きけり 穀雨 足跡の化石の三つ春の月 亀田荒太 竜の首丸く畳まれ合歓の花 霞山旅 爽やかや恐竜と居るゴビ砂漠 花紋 囀りに混じる咆哮らしきもの 井上三重丸 恐竜の極彩色の鶏冠炎ゆ みねらる 森のごと恐竜の骨遠花火 クラウド坂の上 ブロントサウルスの足跡湖へ大夕焼 あまぶー ブラキオサウルスみたいな橋を走る夏 あいだほ 白亜の夏竜の色とりどりの生 しかもり あの蜃気楼眠れる恐竜のいびき ヒカリゴケ 火食鳥の爪恐竜の爪油照 ゆすらご ハンマーとタガネ仕舞いて麦茶かな 宇田建 夏の月白き化石のキンと鳴き 宮のふみ 遠花火今なお卵抱く化石 桑島幹 八月十五日恐竜は骨晒す 斉藤浩美 胃袋に石の記憶の良夜かな 土井探花 優しい竜でした抱卵の霜夜 富山の露玉 恐竜と鰐と駝鳥と赤まんま 椋本望生 傷だらけの恐竜の爪冬籠り 芍薬 遠雷やプテラノドンの骨密度 あみま 恐竜吼える吼える銀河の疼くほど ぐ 恐竜の系統樹枝先には小鳥 くりでん たゆとうて海竜の子を成す良夜 けいこ ユタ暑し恐竜に三百の骨 さるぼぼ 春光や紅き羽毛の竜番い しかもり 竜の骨撫でる熱砂の音のさやか しゃれこうべの妻 恐竜の目脂あふるる夜長かな しゅんや 恐竜の卵今宵の月の罅 どかてい 青鷺の恐竜だつたこゑの池 ときこ 中生代の岩をけずりて滝落つる ひなた 亀鳴くや隕石落下後の世界 ゆすらご 恐竜の色にも似たり朱夏の夢 よだか 恐竜の糞はつるつるレモン水 安宅麻由子 槌音や熱砂噛みつく歯の化石 一斤染乃 膝を折る恐竜 長き夜の抱卵 榎並しんさ 恐竜の爪先ほどの石竜子かな 佳山 その中に翼竜の子も小鳥来る 樫の木 春を待つ太古の竜の血は琥珀 岩のじ おろろおろろと恐竜哭くや夏の月 久我恒子 鉤爪の抱卵地平線ぬくし 宮武みかりん 恐竜の生まるる水辺星月夜 玉響雷子 風の死は化石とならず石を蹴る 綱長井ハツオ 梅雨晴間コプロライトに紅散りて 克巳 満月へ恐竜求愛の叫び 彩楓 恐竜の新樹にからむ長き首 斎乃雪 はじまりは小さな欠けら山滴る 坂井見居代 剣竜の昂りのまゝアロエ咲く 次郎の飼い主 白南風や恐竜前傾に走る 小泉岩魚 灼かれゆくトリケラトプスの首に傷 小野更紗 暴龍の足跡のいま青泉 雪井苑生 馬乳酒を飲み干すバヤンザクの夏 池之端モルト 風の秋トリケラトプスは夢を見る 天弓 月光やモササウルスの胎にゐて 田尻武雄 炎天や恐竜の背は放熱す 播磨陽子 日盛りやタールピットの青光る 飯村祐知子 満月をあく海竜の子宮口 比々き 恐竜に母性泰山木の花 片野瑞木 亀鳴くや竜の化石に二次性徴 北野きのこ 魚捕らえた翼竜ら夏暁へ 打楽器 朧夜や子を抱く恐竜の乳房 満る 恐竜の黴かもしれぬ背の福毛 福村まこと 進化とは存外速し時鳥 播磨陽子 プテラノもイグアノも「ドン」西瓜食む 渡邉竹庵 ダークマター降る白亜紀や星冴ゆる 中島容子 恐竜の知性母性や夏の露 大村真仙 霾や記憶現すゴビ砂漠 蒼介 山河けふ竜を飲み込む氷かな ちびつぶぶどう 野尻湖のナウマンゾウや水草生ふ ときめき人 日盛りやコプロライトに虫とまる 乙子女 刺しやすき皮膚はあるまじジュラ紀の蚊 古田秀 みゆうみゆうと子恐竜鳴く夏原野 宙のふう 海竜の腹に胎児や望の月 田辺みのる 下闇を血の香追ひゆく獣脚類 彼方ひらく 丹波竜化石も孕む栗の里 ふわりねこ 恐竜の癌に呻くか夏の夜 京野さち.

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らーめん飛粋 (HIIKI)

おぼろ 流れ星

1 2 1 十九人目の子 文化十二年 (一八一五)十月二十九日、琵琶湖 (びわこ)のほとり彦根城の夜は静かにふけてゆきました。 寒空に星がきれいにまたたいています。 彦根三十五万石の前城主井伊直中 (いいなおなか)は心が落ち着かないまま、美しくまたたく星を眺めていました。 「おお、星が流れる。 」 一つ、二つ、すみわたった空に、流れ星が見えました。 「また、星が流れる。 」 直中はじっと尾をひいて流れる星のゆくえを見つめました。 星空はきれいにすんでいました。 槻 (けやき)御殿は美しくまたたく星空の下にぼうっと影絵をうかせていました。 槻御殿の東隣の玄宮園 (げんきゅうえん)は唐 (中国)の有名な景色をまねてつくられた庭園で、夜の眺めでも星あかりの林泉 (りんせん)のたたずまいがくっきりしています。 時期おくれの、虫の鳴声がきこえます。 直中 (なおなか)は昼に散歩した玄宮園のほうに目をやりながら、流れ星を数えていました。 直亮 (なおあき)に家をゆずって隠居の身である直中は、星空の夜にしずんだ槻御殿の一室で、もの思いにふけっていました。 十三人の男の子と、五人の女の子のことが頭をかすめたのです。 「わが子ながら、それぞれに運命の星を背負っている。 」 名君といわれた直中も、子供のことになると心が弱くなるのでしょう。 生まれつき、ひよわで名をつけぬうちに死んだ子もありました。 直中は五十歳になっていました。 「五十年が夢のようだった」 直中は、これからさき何年生きるかわからない自分の老いさきのことも、ふと考えてみるのでした。 「直亮が、しっかり者だから、井伊家は安泰だ。 」 直中は寒気がしみてくるような自分の心に言い聞かせてみました。 星空の下に静まりかえっていた槻御殿が、急にあわただしくなりました。 直中は思い出からよびもどされて、玄宮園から目をはなしました。 家臣が側室お富の方が男の子を安産したことを伝えました。 「男の子か」 直中は十四人めの男の子を、心から祝福しました。 「この年になって………」 槻(けやき)御殿。 今は楽々園と呼ばれている。 玄宮園(げんきゅうえん) 直中は五十歳という、自分の年を考えないわけにはゆきませんでした。 しかし年とってからの子こそ、かわいさがまさる感情をおさえることができませんでした。 「お富、でかした」 お富の方は彦根御前といわれる美人で、才気のすぐれた女性でした。 「おお、星が流れる」 またたく屋空に尾をひいた流星が、直中の喜びの心にふと影をおとしました。 「また、星が流れる。 」 きらめくその光は この世に新しい生命をうけた男の子の運命を予言するかめように、直中の心を通り過ぎました。 「生まれた子にどんなことがあろうと、兄の直亮 (なおあき)はしっかり者だから彦根藩は安泰だ」 直中は、流れ星の印象を振り切るようにして、お富の方のところに急ぎました。 直中は、その手をしっかりにぎりました。 三十一歳の女ざか力のお富の方は目もとの薄紅に感情を表わして、言葉にならない感激を味わっていました。 「お富、でかした」 直中は細おもての彦根御前の横顔の線を美しいと思いました。 「よい子だ。 」 「…………。 」 お富の方はうっとりと、その言葉をかみしめていました。 『この子は。 何か大きなことをやりそうだ。 」 「おまえにあやかって美男子になるだろう。 彦根藩にはできすぎた子だ。 」 「…………。 」 お富の方はしみじみと女のしあわせを感じました。 全身に暖かな血の流れが感じられました。 「よい子だ、よい子だ」 直中の言葉は喜びにあふれているようにお富の方には感じられました。 そして胸の底に、母親の実感がわいてきました。 」 お富の方は、うれしさに涙ぐんでいました。 直中は、その美しい横顔の線をじっと見つめながら、十九人目のこの男の子が、自分の最後の子供になるかもしれないと思いました。 自分ももう五十歳だという年寄りじみた感じが、浮んでくるのをどうすることもできませんでした。 実際には直中は、その後に二十人めの男の子をもうけたのです。 しかしこのときには、本当にそんな感じを持ちました。 当時の殿さまは正妻のほかに、側室を持っていたので子供が多かったのです。 直中は涙ぐむお富の方を、いとしげに見やりました。 生まれてきた男の子は、お富の方との間にもうけた三人めの子でした。 直中は母親の顔というものは、最初の子供を産んだときと変わらないものだと感じていました。 そのとき突然この男の子の生まれるころ、星空をかがやかして消えていった流れ星の印象が強く思い出されました。 「流れ星………」 直中は小さな声でつぶやくようにいって、ふっと声をのみました。 お富の方に聞かれはしなかったかと心配しましたが、お富の方には聞えなかったようです。 直中には流れ星が、この男の子の何かはかり知れない不吉な運命を、表わしているように感じられたのです。 だからお富の方に、そのことを悟られまいとして、声をのんだのです。 どえらいことをやりそうな子供、そして何かわけのわからない不吉な運命を背負った子供、それがいま生まれてきた子供なんだ、と直中は自分の心の中だけで繰返しました。 男の子の誕生にわきたつ喜びに包まれて、槻御殿の夜はふけてゆきました。 直中だけは喜びと、何かしらわけのわからない不安のいりまじった複雑な気持ちで、その夜を過ごしました。 「大殿さまの可愛がりようは、まあ何ということでしょう」 「年とってのお子さまほど、可愛いといいますからね」 家臣たちは、鉄之介を可愛がる直中の話題でもちきりでした。 直中は流れ星の運命を背負って生まれてきた男の子に、強く生きるようにという親心で、鉄之介と名づけました。 「さすがは彦根御前さまのお子さまです。 それにつけても、鉄之介さまの知恵の付き方の早いこと」 「大人の言うことも、すぐ飲込んでしまわれる。 」 「うっかりしたことは 言えませんぞ」 「すえおそろしい方です。 お名前のように、鉄の心をお持ちになられるのでしょう。 」 「殿さまを上まわるお人柄になられるかもしれません。 」 「シーッ、そんなことを口外してはなりません。 なんといっても殿さまはご正室のお子さまではありませんか」 口さがない家臣たちの間で鉄之介は話題の中心でした。 彦根藩第十二代の藩主となった直亮 (なおあき)は直中 (なおなか)の正室お文の方の子でした。 隠居した直中のあとをうけて、立派な家柄をほこる彦根藩主となったのですが、子供がありません。 そこでいずれ世継をきめなければなねませんが、直中は十一人めの男の子直元 (なおもと)を考えていました。 直元の母親は彦根御前のお富の方でした。 従って直元は、鉄之介と血のつながった兄にあたります。 遠慮のない家臣のびそひそ話に。 、 「鉄之介さまはお兄さまの直元さまより、お利口そうです」 「彦根藩をお継ぎになるのはいずれは直元さまでしょうが、鉄之介さまの方が名君になられそうです。 」 ななどという声もきかれました。 槻御殿でまだ幼い鉄之介の評判がよかったのは、お富の方の愛情がもっぱら鉄之介に注がれていたことにもよります。 物心ついた鉄之介が人生で初めての悲しい体験をしたのは、美しい母お富の方が五歳のとき、たちの悪い風邪をこじらせて急死したことでした。 お富の方はまだ三十五歳の女ざかりでした。 彦根御前の死で槻御殿のはなやかな空気はしぼんでしまいました。 鉄之介にはまだ本当に母の死というものの実感が湧いてきませんでした。 しかし父の直中の涙を見て、子供心にもおぼろげながら、死というものの悲しさを知りました。 五十五歳の直中はまだ老い先が短いというほどではありません。 しかし愛していたお富の方の突然の死でがっかりしてしまいました。 急に全身が力が抜けたようになってしまったのです。 お富の方の亡きがらは佐和山の麓にある竜潭寺 (りゅうたんじ)の境内で火葬にされました。 直中は身分のちがうお富の方のお葬式に参列することができません。 そこで槻御殿の窓からよく見える佐和山の麓の竜潭寺を葬儀の場所にえらんだのです。 お富の方によせる最後の心使いでした。 色づいた佐和山の木々のあいだから、ゆっくりと火葬の煙が立ちのぼってゆきました。 お富の方はもうこの世にはいない、そう思うと直中ははらはらと涙をこぼしました。 秋空にただよう煙が秋のすんだ日ざしのなかで、いろいろの形をとっては消えてゆきます。 それを見ていた直中は、ふと鉄之介が生まれたときの流れ星を思い出しました。 「かわいそうな鉄之介………」 直中はまだ甘えたいさかりに、美しい母をなくした鉄之介を憐れに思いました。 母親の分まで自分が鉄之介を可愛がってやろうと決心しました。 文政二年 (一八一九)のことでした。 あくる年、文政三年 (一八二〇)三月三日。 桃の節句の日に、直中の十五人めの男の子が生まれました。 もう子供はできないと思っていた直中の最後の子供です。 男の子は直恭 (なおゆき)と名づけられました。 直恭は鉄之介とは腹違いの弟です。 母親はなくなった彦根御前ほどの美女ではありませんでした。 家柄も彦根御前とはくらべものになりませんでした。 鉄之介は弟ができて急に大人びたように感じられました。 弟の直恭には、母親がいるのに自分には母親がいない。 子供心にもそんな気持が、鉄之介を大人びさせたものでしょう。 召使いと一緒に玄宮園で遊びながらき鉄之介は 可愛がってくれた母のお富の方の面影を追いました。 「母上………」 鉄之介は心のなかで母を呼びました。 母親のない不憫な鉄之介を、目のなかに入れても痛くないように直中は可愛がりました。 「親がなくても子は育つ」 直中は鼻すじのとおった鉄之介の面差しに、美しかった彦根御前の生き写しを見ました。 鉄之介はこうして、直中に可愛がられながらすくすくと成長しました。 「鉄のように強くなれ」 直中が名づけたとおり、鉄之介は強く育ちました。 めったに泣きません。 喧嘩をして相手を負かすことはあっても、負けることはありませんでした。 この鉄之介が井伊直弼の子供のときの名前です。 お富の方の三番めの子でしたから鉄三郎とも呼ばれました。 2 文武 (ぶんぶ)両道 直中は馬術が好きでした。 直弼は馬に乗る父の勇ましい姿が好きでした。 おっかなびっくりでしたが、父に抱かれて馬の背に乗せてもらいました。 「武門に生まれたからには、武術のたしなみがなければならぬ」 直中はそう言ってまだ幼い直弼を、よく馬場に連れてゆきました。 直中はまた直弼をよく射的場に連れてゆきました。 直中は銃術で、一貫流 (いっかんりゅう)と呼ばれる一派をたてるほどの腕前でした。 「この銃をもってみなさい。 」 直中はほほえみながら、小銃を直弼に渡しました。 でも子供の直弼には重くて持上がりませんでした。 それでも直弼は顔を真赤にして、小銃を持上げようとしました。 「よし、よし、無理をするな」 直中は、直弼から取上げた小銃で、射的場 (しゃてきじょう)の的 (まと)を狙いました。 磨かれた小銃の銃身の重い感じが、まだ赤い顔をしている直弼の腕に残っています。 「ズドーン!」 射的場の空気をふるわせて発射された弾が、的をいぬきました。 「どうだ、命中したろう。 」 直中は満足そうに、わが子の顔をのぞきこみました。 直弼はその目の光に、母のもっていない父の愛情を感じました。 直弼は男の子に生まれたことを、よかったと思いました。 「父上、もう一度持たせてください」 直弼は父の直中にせがんで、小銃の銃身に手を伸ばしました。 顔を真赤にして直弼は力んでみましたが、やはり小銃は持ち上がりませんでした。 「よいしょ」 父は笑っていました。 「よいしょ」 直弼がいくら力んでも、とうとう小銃は持ち上がりませんでした。 「今に軽々と持てるようになる」 小銃は肩幅のがっちりした父の手に取り戻されました。 直中の頭髪にはめっきり白髪がふえていました。 しかし直弼は父の幅広い肩を、頼もしく見上げてにっこりしました。 父と一緒にいることの安心感が、清水のように吹き出してきました。 父は額にうっすらと汗をかき、こめかみの血管がふくれていました。 彦根藩の藩校は稽古館 (けいこかん)と呼ばれました。 直中が寛政 (かんせい)十一年 (一七九九)七月に創立したものです。 儒学 (じゅがく=中国の学問)と国学を重んじておりました。 儒学を縦糸とするならば、国学は横糸でした。 儒学の有名な学者には沢村琴所 (きんしょ)がおりました。 藩校を創立するときに力をつくした人に僧海量 (かいりょう)がおりました。 海量は儒学にくわしいぽかりでなく、国学者としてもすぐれていました。 有名な国学者である賀茂真淵 (かものまびち:一六九七〜一七六九)の門人でした。 賀茂真淵の門人で、たいそうすぐれた国学者であった本居宣長 (もとおりのりなが:一七三〇〜一八〇一)が、彦根にやってきたことがありました。 その学風をしたって彦根藩の家老をはじめ十名が、本居宣長の門人になりました。 村田泰足 (やすたり)や岡村教邦 (のりくに)もそのときに門人になった人たちです。 この二人は直弼の先生となって教えることになりました。 本居宣長は和歌にもすぐれておりました。 その影響で弟子たちも和歌をよみ、風雅 (ふうが)の道にいそしむことになりました。 そして直弼は村田泰足や岡村教邦について和歌を学びました。 とにかく直弼は勉強ずきでした。 頭がよくものおぼえが抜群であったのは親ゆずりでしょう。 なくなった彦根御前は美人であったばかりでなく、頭のきれる才知にたけだ女性で、いまはやりの言葉でいえば才女でした。 直中と二十歳ちかく年が違っていたのですが、名君の直中も一目おいていたほどです。 「お富の方が生きていたら………」 直中が時々愚痴のようにもらすのは、頭のよい直弼が母親に似ているところからくる、素直な気持ちの表われです。 一を聞いて十を悟る直弼を見ていると、お富の方が生きていて育てるなら、直弼がもっと賢くなるだろうという親の繰り言でした。 五歳のときに死んだ母親ですから、直弼の記憶の中に生きている母親は乳房をくわえたことも、しっかりとは思い出せない、おぼろげな面影です。 あるとき直中は、直弼が一人でじっと母の形見の手鏡を眺めているのを目にとめました。 手鏡は余り大きなものではありません。 しかし鏡の周りに落ち着いた飾りのある、形のよいものでした。 部屋のなかで母の残した鏡をじっと見つめている直弼の姿を見かけた直中は、気づかれないようにその場を去りました。 「母にあやかれ」 直中はわが子を励ますように、そっとつぶやきました。 声にならない言葉でした。 直弼の部屋にあった母の形見は手鏡だけでした。 直中はその手鏡が、直弼の勉強机の引出の奥に、しまわれているのを知っていました。 「頭のよい子だが、体もきたえよう。 」 直中は目をかけている直弼が、文武両道の達人になることを望んでいました。 頭のよいのは親ゆずりだとして、母のように若死にしては困ると思いました。 文政八年 (一八二五)四月四日、藩主の直亮 (なおあき)は直元 (なおもと)を養子にしました。 直亮に子供がないことは直亮ばかりでなく、直中も困ったことだと思っていました。 直亮にもしものことがあったら、彦根藩三十五万石はどうなるか、それが心配であったのです。 徳川幕府は長いあいだ鎖国をして、外国との交通を絶ちきっていました。 そのため島国の日本は太平の眠りをむさぼることができたのです。 しかし東海の島国日本も、いつまでも安眠をむさぼっていられない形勢になってきました。 前年の文政七年 (一八二四)には、五月にイギリスの捕鯨船が日本にやってきて、その船員が常陸 (ひたち=茨城県)の大津浜に上陸しました。 水や焚き木がほしいということでした。 悪いことはしませんでしたが、異人がやってきたというので、大騒ぎになりました。 七月にはやはりイギリスの捕鯨船が、薩摩の宝島にやってきました。 鉄砲を射ち、牛をぬすんでゆきました。 これも、大騒ぎになりました。 うかうかしていると外国人が、軍艦や船にのってやってきて、どんなことをするかわからないぞ、そんな不安がきざしたのです。 水や焚き木や食べ物が欲しいというだけならよいのですが、青い目をした背の高い異人の洋服は普段、見なれないものでした。 そのうえ持っている銃が、いつ火を噴くかわかりません。 女や子供が、さらわれるかもしれないのです。 悪くすると、日本が占領されてしまうかもしれません。 元寇 (げんこう)のあった時 (一二八一)には神風がふいて、襲ってきた艦船はみな沈没してしまいました。 しかし長い鎖国の間に、ロシアやイギリスの船が日本にやってきて、通商を求めたり侵入をはかったことがありました。 それらは大事件にはなりませんでしたが、奉行が責任をとって自殺したこともあります。 不都合な事件がたびかさなると、世の中が騒がしくなってきました。 徳川幕府は国内がいたずらに騒ぐのを恐れて「異国船打払令」を出しました。 外国の船がやってきたら、打ち払えという命令です。 いまから考えるとずいぶん乱暴な命令のようですが、そうしないと国内が治まらなかったのです。 文政八年の二月のことでした。 海に面していていつ外国船がやってくるかわからない藩では、沿岸の護りを堅めました。 異人船がやってきたら皆うち沈めてしまえとばかり、大いに士気が上りました。 彦根藩は海に面していません。 ですから異国船打払令は直接には関係がありません。 しかし幕府のこの命令の持っている重大な意味は、直中にも直亮 (なおあき)にもよくわかりました。 「大変なことになった」 隠居の身分の気楽な直中も、時代が変ってきたことをひしひしと感じました。 「うかうかしてはいられないぞ。 当年とって三十二歳、男ざかりの藩主直亮も、時代の動きをすばやく感じとりました。 江戸の水は直接、ロンドンにつながっていることを、直亮はよく知っていました。 「父上、直元を養子に迎えたいと思います」 直亮は自分の考えを直中に伝えて了解を求めました。 「そなたに、子がないからのう」 子供のない直亮 (なおあき)は前から直元を養子にすることを考えていたのですが、異国船打払令が出たことで心のふんぎりがついたのです。 直亮と直中は多くを話さなくても、胸のうちは通じていました。 「直元はお富の方に似て頭がよい。 じゃが体は余り丈夫でない。 体をきたえなならん」 直元は直弼と六つちがいです。 家臣の間では六つ年下の直弼のほうが、同じ彦根御前の子供であっても人物だと見られていました。 しかし、ものには順序というものがあります。 直亮も直中も、そのことを考えたのです。 十五人もいた直中の男の子のうち生きている者で井伊家に残っていたのは、藩主の直亮のほかには、直元 (なおもと)・直弼 (なおすけ)・直恭 (なおゆき)の三人だけでした。 そのほかの男の子たちは他家へ養子にいって一城のあるじとなったり、彦根藩の家老の家柄をついで重臣となったりしていました。 直元と直弼は直中が愛したお富の方の子ですから、直亮が腹違いの弟を自分の養子にする場合に、六歳年長の直元をえらんだのは自然のなりゆきです。 末っ子の直恭は、まだ六つの子供でしたから、直中の念頭にはありませんでした。 井伊家では藩主になるもの以外の男の子はよその家に養子にいくか、または家臣に養われてその家を継ぐことになっていました。 そうならない場合にはわずかな俸禄 (ほうろく)をあたえられて、貧乏生活に耐えなければなりませんでした。 藩主や藩主の後継にもし万一のことがあったら、井伊家をついで殿さまにならなければならないわけです。 そういう非常のときに井伊家を継ぐものは貧乏生活に耐えて、人間を鍛えられた人物であった方がよいわけです。 こういう仕組みをつくったのは井伊家第二代の直孝 (なおたか)でした。 直孝は井伊家の基礎をつくった名君です。 自分が側室の子であったため、本来なら井伊家の第二代を継ぐはずではなかったのです。 ところが兄が体が弱かったため後継になったのです。 直孝がきめた井伊家の世継ぎの仕組みは、自分の体験にもとづいて井伊家の発展を考えたためでした。 直中と直亮がとった方法は、この井伊家のしきたりを守ったものでした。 「流れ星。 」 直中は直元より体の丈夫な直弼を、直亮の養子に考えたこともありました。 しかし直弼が生まれたときの、夜空にきらめいて消えていった流れ星の思い出が、それをためらわせました。 しかも同じ母の子で、六歳の兄である直元のほうが、世間の常識からは受入れられるでしょう。 「ものには順序というものがある。 」 直中は自分に言い聞かせて、直亮の言葉に賛成しました。 こうして直元が直亮の養子になったのです。 直亮に万一のことがあれば、直元が直亮のあとをうけて彦根藩三十五万石の殿さまになることがきまりました。 器量もよく文武 (ぶんぶ)両道にもすぐれた直弼は、人生の別れ道の最初で、裏道を歩くことになりました。 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