ゆくえ ふ めい の こども 霊 視。 21世紀の姓名判断命名navi【名前相性無料占い】赤ちゃんの名付け支援

公益社団法人 日本視能訓練士協会 | 会員の勤務する施設

ゆくえ ふ めい の こども 霊 視

テレビで度々報道される失踪事件ですが、ニュースにならないものも含めると行方不明者の数は毎年10万人に上ると言われています。 この数を聞くと、自分には無縁なこととは思えない怖さを感じませんか? 家出や事件性のなく、忽然と姿を消してしまう行方不明に対して、『神隠し』という言葉が使われます。 神隠しは、もどういうので、なぜ起こるのでしょうか? 謎の多い『神隠し』と呼ばれる事件でも、考えられる原因はいくつかあります。 中には後日、実際に解決しているケースもあります。 これらを読み解くことで、今も未解決となっている事件を推理することはできるかもしれません。 神隠しと言われる事件の真相に迫ってみました。 日本で起きた神隠し事件17 【真相】と【考えられる原因】 興味のあるところから読んでくださいね• 神隠しとは ある日突然、何の前ぶれもなく人が忽然と姿を消してしまう現象のことを『神隠し』と言います。 神様や物の怪の仕業としか思えないような不自然な状況で人が消えることからこの名がつきました。 昔の日本は現代のように交通網が整備されておらず、山や森で人がいなくなることがほとんどでした。 そのため、山の神や森の神の仕業であると考えられていたようです。 神の中には天狗や鬼などの物の怪も含まれていたため、 『 天狗隠し』や 『 鬼隠し』とも呼ばれていました。 また、神隠しに遭いやすい人、そうでない人がいるとも言われています。 神隠しに遭いやすいのは、小さな子供や知的障害者、産後の女性などとされています。 精神的に不安定なとき、ふと神隠しに遭ってしまうのかもしれません。 ただ、はっきり意志を持った大人でも、精神的に弱っているときは心に隙間ができてしまうものです。 そんな小さな隙に、ブラックホールは入り込むのでしょう。 古くから伝わる神隠しの言い伝え それでは、日本では実際にどんな神隠しがあったのか、古くから伝わる言い伝えを見ていきましょう。 きつねにさらわれた幼児 新潟県に伝わる言い伝えでは、木こりの娘である幼児がある日忽然と姿を消しました。 両親は毎日探し回り、狐が棲む穴に赤飯を備えて歩きました。 行方不明後しばらくして、繰り返し探しても見つからなかった場所で、息絶えた女の子が発見されたそうです。 姿を消してから何日も経っていたにも関わらず、その子は肌つやもよく、栄養状態もよく、まるで眠っているかのような姿だったそうです。 女の子があまりに可愛いためにきつねがさらい、自分の子のように育てていたのではないかと言い伝えられています。 消えた花嫁 岩手県雫石村の農家では、嫁入りに向かう娘が馬に乗っていました。 家の者が祝言の準備に少し手間取っている間に、花嫁は忽然と馬上から消えてしまいました。 捜し歩いても見つからぬまま、半年ほど経ったある冬の夜のことです。 消えたはずの花嫁が村の商店に酒を買いにやってきました。 商店にいた店主や客は、驚きのあまり言葉が出ずにただ立ち尽くしていたと言います。 すぐに後を追いかけるも、娘の足跡すらなかったそうです。 その後、村では酒を買った娘は店を出てすぐに天へ引き上げられたのだろうと語られました。 サムトの老婆 岩手県松崎村サムトと呼ばれる地域のとある家に娘がいました。 ある秋の日、家の裏にある木の下に草履をそろえて脱いだまま、行方知れずとなってしまいました。 30年後、その家の家族の元へ行方不明となった娘が老婆となって突如戻ってきました。 老婆は家族に会いたいがために、自ら神隠しから生還してきたと言います。 それから毎年家族に会いに戻ってきましたが、その日は決まって嵐になりました。 嵐とともに帰って来る老婆をいつしか人々は迷惑に思い、老婆が入ってこられないようまじないをかけて村境に石碑を建てました。 それ以来、老婆が現れることはありませんでした。 鳥取県にある水木しげるロードには、この『サムトの老婆』像があり、よく見ると一筋の涙を流していることに気づきます。 神隠しにまつわる有名な伝説となっていますが、切ない話ですね。 神隠しから生還した少女 明治時代の千葉県君津市で、かくれんぼをして遊んでいた少女が行方不明になりました。 村人たちは森や山、川の底まで探しましたが、少女は見つかりませんでした。 しかし、1週間ほど経ったある日、家の軒下で呆然と立ち尽くしている少女が発見されました。 少女は、草むらに隠れていたら、急に体が重くなり、声が出せなくなったと語り始めました。 村人が自分を探していることも知っていたが、動けないまま、日暮れの頃、氏神さまの杉の上に引き上げられたと言います。 姿の見えない声が『1週間後に返す』と言い、気づいたら家の前に戻っていたそうです。 その声の主は何者で、何のために少女を隠したのでしょうか。 盛岡から東京へ移動した少女 大正12年、関東大震災の直前のこと、地元に住む男性が山道で泣く少女を発見しました。 話しかけるも泣くばかりであったため、男性はその子を最寄りの日向和田駅に連れて行きました。 駅長は少女の格好や方言から、東北地方の子供だと見当をつけ、調査の末、盛岡で行方不明になっている少女であることがわかりました。 鬼ごっこをして遊んでいたところ、夕方に行方不明となり、翌日東京で発見されたのです。 幼い少女が一夜にして遠くへ移動していることから、天狗による神隠しであると言い伝えられています。 これらの話のように、 昔の日本では、人の失踪は神隠しによるものとされ、伝説として語られてきました。 真相はわからないままです。 では、現代の神隠し事件にはどんなものがあるのでしょうか? 現代の神隠し 未解決事例 今も未解決となっている 現代の神隠し事件を見ていきましょう。 赤城神社の神隠し 1998年、千葉県に住む主婦である志塚法子さんは、家族で群馬県にある赤城神社を訪れたときに姿を消してしまいました。 その日は雨が降っていたため、法子さんの夫と叔父だけが神社に向かい、他の家族は車で待機していました。 しかし、法子さんは『せっかくだからお賽銭をあげてくる』と言い残し、101円だけを握りしめて参道を上って行ったそうです。 その後、法子さんの娘が駐車場から境内とは別の方向で佇む法子さんを目撃したのを最後に行方がわからなくなっています。 後日、何者かに傘を差し出す法子さんの姿が映りこんだホームビデオが送られてきましたが、解決には至っていません。 室蘭女子高生失踪事件 2001年、当時16歳だった千田麻未さんは、バイト先の講習を受けるためにバスに乗りました。 しかし、麻未さんは下車予定のバス停で降りずに、3つ先のバス停付近で同級生と挨拶する姿が目撃されています。 その後、近隣ショッピングモールのコスメコーナーで買い物をする姿が監視カメラで確認されたのを最後に行方がわからなくなっています。 最後に会っていると思われたバイト先の店長が取り調べられましたが、店長は麻未さんは来なかったと供述し、未解決事件となりました。 徳島県幼児行方不明 1989年、当時4歳だった松岡伸矢くんは家族で訪れていた親戚宅で父親が目を離したわずか40秒の間に行方がわからなくなってしまいました。 父親が伸矢くんと当時2歳の弟、従兄弟の子供の3人を連れて散歩から戻りました。 父親は弟を家の中に入れてから玄関に戻ると、すでに伸矢くんの姿はどこにもありませんでした。 親戚宅は山の中にあり、人通りも少なく隣家とも離れています。 僅かな時間で幼児の足で遠くまで行くことは考えられないため、神隠し事件と言われています。 温かいココアを残したまま失踪 1991年、当時小学2年生だった加茂前ゆきちゃんは午後2時ごろ帰宅しました。 午後3時半頃にゆきちゃんの姉が帰宅したときに、すでにゆきちゃんの姿はなく、テーブルの上にはまだ温かいココアが残されていました。 事件当時、家には夜勤明けの父親が寝ていましたが、異変には気づかなかったと言います。 当日、友達からの遊びの誘いにも、ゆきちゃんは『約束がある』と言って断っていたそうです。 いつも着ていたピンクのジャンパーもそのまま置いてあり、どこへ消えてしまったのかは謎のままです。 失踪事件の3年後、ゆきちゃんの自宅には怪文書が届いています。 たけのこ掘り行方不明事件 2005年、当時5歳だった香川県の大西有紀ちゃんは、母親と小学3年生の姉と一緒にたけのこ掘りへ出かけていました。 『もう1本取ってくる。 』と言って、竹林に入ったまま戻ってきませんでした。 当時は竹林の中の池に転落したものとみて捜索がされましたが、池の水を抜いても見つからず、未解決事件となっています。 警察犬による追跡では、4頭の犬全てが同じ場所で動きを止めたため、誘拐事件であるとの見方もされているようです。 しかしながら、その場所には車両が進入できるようなスペースはありませんでした。 岡山鍾乳洞高知大生失踪事件 2008年、岡山県にある、日咩坂(ひめさか)鐘乳穴で調査に入った高知大学3年生の男子学生が洞窟内の奥にある地底湖で遊泳している最中に失踪しました。 この洞穴は県の天然記念物となっており、洞窟に入るには届け出が必要であるにも関わらず、サークルの学生たちは届け出を出していなかったそうです。 この事件も未解決のままですが、男子学生の失踪後にSNSへのログインの形跡があったり、日記が消されていたり、不可解な事が起きています。 また、地底湖も遊泳できるような場所ではなく、なぜその場所で遊泳しなければならなかったのか疑問視されています。 一体、なぜこのような事件が起きてしまったのでしょうか? 7. 坪野鉱泉肝試し失踪事件 1996年、富山県にある廃旅館へ肝試しに行ったと見られる女性2人が姿を消しました。 家族に肝試しに行くと告げたまま、連絡が取れなくなったそうです。 警察の捜索もむなしく2人は今も見つかっていません。 車内に複数の人骨があり、県警は2人のものとみて確認を急いでいる。 引用元: 8. 深夜小児行方不明事件 1991年、福島県に住む当時7歳の石井舞ちゃんは、深夜の自宅から忽然と姿を消してしまいました。 自宅には祖父母、父母、兄弟2人、父親の姪、姪の恋人、母親の友人の子供2人がいたそうです。 舞ちゃんは母親の友人の子供たちと一緒に寝ていましたが、子供たちが夜中に目を覚ましたとき、すでに舞ちゃんの姿はありませんでした。 そのとき不在であった姪の恋人である20歳の男性が疑われましたが、友人に会うために乗車したというタクシードライバーの証言が取れたため不問となりました。 実際に起きた神隠し事件の真相 今も未解決の神隠し事件をご紹介してきましたが、解決に至った事例はないのでしょうか? 次は、当時は神隠しと言われた事件でも、その後,、 解決に至った事件の真相に迫ってみたいと思います。 群馬県女児失踪事件 1990年、群馬県に住む当時小学5年生だった女の子が父親が女児の友達の家の近くに車で送っていったのを最後に行方がわからなくなりました。 女児の友達の家には行っていないことがわかり、車を降りてから友達の家に行くまでの間に事件は起きたと考えられました。 その1週間後、女児の遺体が近くの雑木林で発見され、殺人事件として捜査が開始されました。 翌日、犯人逮捕に至りましたが、事件の真相は 保険金目的の父親による殺害という悲しいものでした。 茂原女子高生神社神隠し事件 2013年、千葉県に住む当時高校3年生の女子が突如、行方不明となりました。 警察の捜索でも全く足取りがつかめなかったため、神隠し事件と言われました。 しかし2ヶ月半が経過したある日、衰弱し泥だらけの制服を着て神社でうずくまる女子高生が発見されました。 この事件の真相は、両親からの 望まない信仰強要に悩んだ女子高生がした家出だったのです。 広島一家行方不明事件 2001年、広島に住む一家が、愛犬含む家族ごと行方不明となってしまいました。 この家には祖母、父母の3人とペットの犬が暮らしており、結婚を控えた長女は独り暮らしをしていました。 玄関の鍵が閉まっていたこと、翌日の朝食の準備がされていたこと、通帳や携帯電話などがそのまま残されていたことから突発的なものと考えられました。 何のトラブルも考えられない家族だったそうですが、その1年後にダムの湖底に沈む一家の車が発見されました。 車中から家族4人と愛犬の亡骸が発見され、 無理心中であると断定されました。 家族全員と愛犬を連れて心中しなければならなかった理由は、一体何なのでしょうか。 新潟少女監禁事件 1990年、新潟で当時小学4年生だった少女が行方不明となりました。 母親の届出により警察が捜索にあたりましたが、ついに少女を発見することはできませんでした。 それから約10年が過ぎた2000年のある日、別件である家に訪れた保健所職員が、中に女性が監禁されているのを発見し、保護に至りました。 この加害者宅には加害者の母親も同居していましたが、少女の存在には気がつかなかったと言います。 にわかには信じがたい事件ですが、このような 拉致監禁事件は実際にいくつか起きています。 神隠し 考えられる原因 さて、これまで実際に起きた未解決事件と、解決された事件の真相をお伝えしてきました。 これからは、 神隠しの現象について考えられる原因について考えてみましょう。 5つの説を挙げてみます。 家出とは考えにくい失踪の場合、警察は拉致・誘拐を疑うでしょう。 事実、神隠しと言われた失踪者がのちに自らの意志で帰って来ることもあるからです。 この説は捜査上でも拉致・誘拐の先に考えられることでしょう。 現代ではあまり考えられませんが、昔はそういった風習を隠すために神隠しが利用されていたそうです。 山中では、このような獣に襲われ、連れて行かれたと考えることもできるかもしれません。 何らかの拍子に今私たちがいる世界とは別の次元に飛ばされてしまったと考える説です。 まとめ 未解決となっている神隠し事件にも、私達が気づけないだけで、解決可能な事件が存在しているかもしれません。

次の

小倉美咲ちゃん霊視透視の結果は?2chのオカルトスレが実施!ネット霊能者の声も!

ゆくえ ふ めい の こども 霊 視

不幸な「こども」が失踪した3日後に、その周りの大人が死んでいく事件が多発する。 ジャンルとしてはホラーなんですけど、絶対的な悪が登場するとか、悪霊の呪いを解いていくだけの作品にはしたくないというのがありました。 『呪怨』の頃は僕も若かったし、理由度外視でもただひたすら箱を開けたら、怖いお化け屋敷みたいな映画があってもいいんじゃないかって思ってたんですけど、さすがに僕も40歳を過ぎて、たくさんホラーも撮ってきて、ただミテクレだけ怖いっていうのは恥ずかしい想いが出てきましたね。 ビックリ箱の精神は変わってませんけど(笑)。 あの話って、実は怖いというか、とんでもない当時の世相を孕んでいるじゃないですか。 ブラジリィー・アン・山田さんの最初のプロットを読んで「これ、ハーメルンの笛吹き男ですよね」って言ったら「そういえば」っていう雰囲気になったんですよね。 僕も常日頃から「ハーメルンの笛吹き男」や「赤ずきん」といったグリム童話のモチーフに興味があったんです。 そこから僕もいろいろ意見を言ったり、最終的には僕もけっこう筆を入れさせてもらいながら作り上げていきました。 ならば、だれも観たことのないタッキーにしたいと俄然、モチベーションと悪戯心が湧きました。 脚本やイメージが固まる前に滝沢さんに会って、「こどもつかい」のキャラクターを作っていきました。 滝沢さんは座長とか演出まで自分でもやっている方なので、いろいろ考えを持ちつつも、監督の僕に世界観を託してくれました。 「映画は監督のものですから」という感じで。 それでもメイクとかテストしたりするときに滝沢さんが他のスタッフに「こういうのはどうですか?」って提案されてるんです。 それを僕は聞きつけて(笑)、滝沢さんに「あのアイディアなんですけど…」って話しかけて、だんだん直接コミュニケーションを取っていった感じですね。 「こどもつかい」は人間と同じ多面性を持った存在で、怖い部分もあるし、クールに見えつつ、キュートな部分もある。 でも、やりすぎると謎めいたところがなくなってしまう。 撮影時、滝沢さんにはいろいろやっていただいたんですけど、「観客がついてこれない」と指摘されて止む無くカットした場面も多いんです。 そこは僕が暴走した面だったかもしれませんが、TPOや〝空気を読む〟なんて日本文化から逸脱した像こそが「こどもつかい」であり、子供たちでもあるんです。 特殊メイクもやってくれた百武さんが基本のベースを作ってくれて、そこに僕がいろいろ意見しながら作っていったんですけど、元が「ハーメルンの笛吹き男」のイメージなので、よくわからないハットを被ってたり、変なバッジをたくさん付けてたりするんですよ。 そうやっていろいろ装飾を加えていったら、だんだん重量オーバーしていって、最終的に衣装がすごく重くなってしまったんです。 撮影は夏だったので、この格好で不平も言わずに臨んでくれた滝沢さんは本当に大変だったと思います。 彼自身も最初に会ったときに「僕で大丈夫ですか」って聞いてきたぐらい。 今回、彼が演じた駿也は、まだ大人の男に成りきれてなくて、結婚にも踏み切れない優柔不断な人物像なんです。 女の人から見ると可愛らしいけど、いざ男として頼れるかどうか?っていう感じが欲しくて、それが有岡くんによくハマったと思います。 ホラー映画だけど、女性にはキュンキュンして欲しいです 笑。

次の

霊剣山

ゆくえ ふ めい の こども 霊 視

実はホラー映画が苦手だった少年時代にある名作との出会いで映画監督を目指すようになったというエピソードをはじめ、映画業界に飛び込み仕事を始めた際の秘話、最新作の『こどもつかい』で敢行したというチャレンジや映像業界でクリエイターを目指す未来の映画監督へのアドバイスなどさまざまなお話を伺いました。 10歳の時の衝撃の『E. 』 82 を映画館で観まして、日本語字幕も初めてでした。 当時の僕は怖いものが苦手だったので、最初は気味の悪い宇宙人の映画だと思っていたんですよ(笑)。 それが思いがけず感動してしまって、つまりギャップが激しかったんですよね。 たった2時間足らずの映画で気味が悪いと思っていた宇宙人を、自分も友達になりたいと思わせてしまう映画の力ってすごいなって。 今思えば親に隠れて捨て犬と共に過ごすみたいな話で、主人公のエリオットも10歳の少年だから、そこにスポッとはまった。 それで買ってもらったパンフレットを見ると、映画にまったく関係ないヒゲのおじさんの写真があって(笑)。 それが監督で、スピルバーグだったわけですが、あ、こういう人が映画を作っているんだと、それが映画を作る側を意識した最初の体験でしたね。 その後、ジャッキー・チェンやテレビドラマなど何でもかんでも観るようになっていって、映像作品を観まくっていました。 一方で、外でかけずり回るような遊びも大好きで、近所の子を集めては肝試しを命令して自分はしないという、今思うと監督みたいなことをしていました(笑)。 一人の時は画を描いたり、物語を作ったりすることも好きな子だったので、それが今おそらく両方できている仕事なんですよね。 』 82 も最初はおばさんに連れられて観ましたが、その後何度も別の大人たちを捕まえては、観ていないと言って連れて行ってもらい、メモしたセリフを元に脚本を日本語で起こそうとしてみたり、印象的な場面を画で描いたり映画作りの真似事も今思うと早くにしていたと思います。 シェイクスピアとかブレヒトとかベケットとかを学び、僕はベケットが特に好きで。 『ゴドーを待ちながら』 52 で有名ですよね。 そういうものに触れながら、お芝居の基礎や演じる側の方のことも学びました。 もちろん演出に興味を持っていたので、たまに自主映画みたいなものも作っていました。 次第に、どうやって映画の世界に入ろうかと思うようになって、京都の撮影所に行ったんですよ。 「何でもやりますから仕事ください」みたいな感じで突然おじゃまして。 でも「人出は足りてる」と言われ、紹介された映画館でバイトしてました。 とにかく映画に関われれば何でもいいやって本気で思っていたので(笑)。 ある日、地元の新聞記事で群馬県が全額出資する映画のボランティアを募集していたんです。 同郷の小栗康平監督の『眠る男』 96 です。 早速連絡して監督の面接を受けて、「何でもやります」で入ったことが最初。 そこから徐々にきっかけを得て、先輩や業界の人と知り合って東京に出て。 本当は助監督とか演出にすぐ行きたかったのですが、すぐには入れず小道具などをやりながら、日々を過ごしていました。 現場に入ってからは怒鳴られ叩かれの状態で、監督を目指したいなら技術的なことを学べと言われ、悔しくて今の映画美学校に通いました。 そこでは主婦や学生やサラリーマンの皆さんがいる中、僕は助監督をしながら勉強しました。 そこでの課題が、自分の脚本の見せ場を3分にまとめてVHSに編集して提出しないさいと。 キャスト、スタッフ、全部自分のルートで集めて、機材も無いから編集も自宅の2台のデッキでのダビングだけで作りました。 それを黒沢清さんと高橋洋さんが絶賛してくれて、すぐ映画を撮るべきだと。 それが『呪怨』 99 の元になっています。 入口がホラーだったので今まで来ていますが、まさか苦手だったホラーの作り手になるとは未だに驚きです(笑)。 自分の中で壁になっているので越えたいといつも思っていて、同じホラーを撮るにしても、自分の中に新鮮味がないと面白くないので毎回、違うテーマで臨んでいるつもりです。 そもそも僕はアナログ人間なので、それに甘んじていたら退化してしまうと思うこともあって3Dや4DXなどにも取り組んできました。 それで『こどもつかい』みたいな新しい機会をいただいた時、無駄にしちゃいけないという想いが強くて、最近では新しいことに積極的に挑戦しています。 だって滝沢秀明さん初主演のホラー映画なんて、彼本人も僕も想像もしなかったチャレンジですから。 あまり語るとネタバレになってしまいがちですが、真新しい作品に仕上がっていると思います。 だから若い世代だけではなく、中高年の大人の方にも観てほしいです。 彼に対して感じ方が違うはずなんです。 僕は子どもを題材にすることが多く、一緒にやっている助監督に「また子どもですか?」と言われることもしばしば(笑)。 子役との仕事は大変なので、彼らにとって切実な問題でもあるわけですが、どうしてもそうなるんですよね。 ただ、振り返ってみると、『戦慄迷宮3D THE SHOCK LABYRINTH』 09 も最初は子どもが出てくる話ではなかったんです。 でも僕の中に少年時代のある憧憬があって、それが自分の中で消化しきれていないのかもしれません。 大人になりきれないというか。 周りに言われて意識したことですが、そういう想いがあるんです。 そんな僕が偉そうにアドバイスできる立場ではないのですが、僕の経験で言うと監督になりたい人って、いっぱいいると思うんですよね。 実際、そういう人をたくさん観て、会って来ましたし。 でも一番大事なことって<何を撮りたいか?>だと思うんです。 いざ、監督をやらせてあげるって言われた時に、どうしよう?何を作ろう?って、なる人が実は多いんです。 映画監督になりたいだけで、撮りたいものが分からない本末転倒な人が非常に多い。 何が自分にとって一番で、誰に何を言われてもこういう映画を撮る、作ってみせるという意識をなるべく明確に持っていたほうが得です。 得というか、そこが無い人に任せてはもらえないし、見つかるまで自問自答しながら動くべきです。 明確な根拠なんか無くても、理屈やテーマなんか度外視でも、こういう作品を自分が作るべき!っていう勢いは、人生を左右する若い力だと思います。 子どもが失踪した3日後に、その周りの大人が死んでいるのだ。 死んだ大人たちは子どもに怨まれていたという。 街の人々の間に広がる、「こどもの呪い」の噂。 これは人の手による殺人なのか?それとも呪いなのか? 失踪し、戻ってきたこどもたちが口ずさむ歌に事件解決の糸口を見出した駿也は先輩記者からの忠告も聞かず、取材にのめり込んでいく。 監督:清水崇(『呪怨』) 脚本:ブラジリィー・アン・山田、清水崇 出演:滝沢秀明、有岡大貴、 門脇麦 、尾上寛之、、西田尚美 配給:松竹 オフィシャルサイト 清水崇 (しみず・たかし) 1972年7月27日生まれ、群馬県出身。 シャイカー所属。 大学で演劇を専攻し、脚本家・石堂淑朗氏に師事。 小道具、助監督を経て、3分間の自主映像を機に黒澤清・高橋洋監督の推薦を受け、監督デビュー。 日本人監督としての初の全米興行成績No. 1を記録。 『戦慄迷宮』、『ラビット・ホラー』などの3D映画、日本科学未来館の3Dドーム短編『9次元からきた男』、初の4DX限定映画『雨女』(ともに16年)など、新技術を活用した企画でも活躍。 今年は本作のほか『ブルーハーツが聞こえる/少年の詩』やエグゼクティブ・プロデューサーを務める『バイオハザード:ヴェンデッタ』も発表。 常に新しい作品を生みだし、幅広く観客を魅了し続けている.

次の