相馬野馬追。 福島旅行に行こう!「相馬野馬追」の日程や楽しみ方をご紹介

3Dドキュメンタリー 疾走!相馬野馬追~東日本大震災を越えて~|NHKテクノロジーズ

相馬野馬追

福島県で行われる「相馬野馬追(そうまのまおい)」は、500騎あまりの騎馬武者が甲冑を身にまとい見物客の面前を駆け抜ける、迫力満点のお祭りです。 その光景はまるで戦国時代へタイムスリップしてしまったかのよう。 世界最大規模の馬の祭ともいわれ、国内外から多くの見物客が集まります。 今回は相馬野馬追の日程や楽しみ方、おすすめのお土産などをご紹介します。 相馬野馬追とは? 相馬野馬追は、なんと1,000年以上もの歴史を誇る福島の伝統行事。 南相馬市を中心に、3日間に渡って行われます。 鎧兜を身につけた騎馬武者たちが、背負った旗をなびかせながら南相馬市の街中を行軍したり、蹄の音を響かせながら祭場地を疾走したりする様子はまさに圧巻です。 騎馬にまたがるのは地元福島の方々。 中には、若い女性や小さな子どもの姿も見ることができます。 東日本大震災の直後は規模を縮小しての開催を余儀なくされましたが、現在はすべての行事が開催されています。 今年はいつ?相馬野馬追の日程・スケジュール 相馬野馬追は例年、7月下旬の土曜、日曜、月曜の3日間で開催されます。 通常は7月の最終土曜日から開催されますが、最終日などが8月に入る場合は最終週より前倒しで行われるので注意が必要です。 2018年の相馬野馬追は7月28日(土)、29日(日)、30日(月)の3日間で開催される予定です。 1日目は宵祭り。 神社で出陣式が執り行われた後、メイン会場である南相馬市の雲雀ヶ原(ひばりがはら)祭場地で、宵乗りと呼ばれる古式競馬が行われます。 2日目の本祭りは、騎馬武者が雲雀ヶ原祭場地へ向かう「お行例」からスタート。 甲冑を身につけた武者が騎馬にまたがり駆け抜ける「甲冑競馬」は、相馬野馬追のメインイベントです。 さらに、花火で天高く打ち上げられた御神旗を騎馬武者が奪い合う「神旗争奪戦」が、大観衆の熱気に包まれながら行われます。 3日目の野馬懸(のまかけ)で、相馬小高神社境内へ馬を追い込んで神様へ奉納するという神事が行われ、3日間にわたるイベントの幕が閉じられます。 何を見れば良いの?相馬野馬追の楽しみ方 3日間に渡って行われる相馬野馬追。 何を見れば良いか迷ってしまう方も多いかもしれません。 そこで、相馬野馬追の見どころと注意点をご紹介します。 雀ヶ原祭場地へ入場して、甲冑競馬と神旗争奪戦を見物! 相馬野馬追のメインは、やはり2日目の甲冑競馬と神旗争奪戦。 この2つの行事を見るためには雲雀ヶ原祭場地への入場チケットが必要です。 前売り券のほか当日券もあるので、 ぜひ入場して騎馬の姿を間近で見物しましょう。 時代劇役者顔負けの騎馬武者の口上にも注目! 出陣式やお行例の道中に騎馬武者同士の間で交わされる口上も、見どころのひとつです。 その声量と迫力に圧倒されること間違いありません。 相馬野馬追を楽しむ際の注意点 建物の上などの高い場所からお行列を見下ろすことや、騎馬の前を横断することはご法度。 お行列は「侍の行列」ということを念頭に置いて、敬意を持って鑑賞しましょう。 また、相馬野馬追の開催は7月下旬という夏真っ盛りの時期です。 しっかり水分補給をするなど、熱中症にはじゅうぶん注意してくださいね。 日焼け対策も大切です! ご当地フォルムカードで福島旅行の思い出を持ち帰ろう! 福島には、相馬野馬追のほかにも見どころがたくさんあります! 迫力満点の相馬野馬追を見物した後には、会津若松城や五色沼などを観光したり、温泉で日々の疲れを癒やしたりして、福島旅行を楽しむのも良いですね。 そしてもうひとつ忘れてはいけないのが、お土産探し。 相馬野馬追のお土産としておすすめなのが、福島県内の郵便局でご購入いただける 『相馬野馬追』をモチーフにしたご当地フォルムカード。 色とりどりの旗をなびかせながら武者たちが騎馬で疾走する、躍動感あふれるイラストを見るたびに、相馬野馬追の思い出を呼び起こしてくれることでしょう。 相馬野馬追は土曜、日曜、月曜の3日間に開催されますが、土日に窓口が営業している郵便局は福島市の福島中央郵便局です。 最寄りの郵便局は平日のみの営業ですので、お出かけの際はご注意ください。 戦国時代の合戦さながらの活気と武士の魂を体感できる相馬野馬追は、歴史好きなら一度は行っておきたいお祭りです。 歴史が好きな方や、夏の福島を旅行してみたいという方は、ぜひ足を運んでみてくださいね!.

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特集 帰ってきたサムライ! 千年の歴史が8年ぶりに浪江で蘇る

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その名の通り「相馬野馬追」は、福島県相馬市で開催されるお祭りです。 「五つの郷」とは 、 原町区の「中ノ郷」、相馬市の「宇多郷」、南相馬市鹿島地区の「北郷」、南相馬市小高区の「小高郷」、そして浪江町・双葉町・大熊町を束ねる「標葉(しねは)郷」。 この地は、戦国時代から江戸時代にかけて「相馬家」により治められ、毎年「相馬野馬追」が開催されてきました。 震災前の2010年までは、浪江町も「五つの郷」の一つとして、野馬追の時期になると、「騎馬武者行列」を成して祭場地へ向かっていました。 東日本大震災が起こった2011年、多くの「野馬追」関係者や馬が犠牲となりました。 原発事故により避難を余儀なくされた小高地区「小高郷」、浪江町・双葉町・大熊町「標葉郷」は、「相馬野馬追」への領地からの出陣が叶いませんでした。 それから6年経った2017年、浪江町の一部避難指示が解除された年に「小高郷」が本陣である小高神社から出陣、今年は「標葉郷」が8年ぶりに本陣がある浪江町内からの出陣を果たしました。 それにより、 東日本大震災 後初めて「五つの郷」全てで各郷、本陣からの出陣が叶ったのです。 「相馬野馬追」は、これまで多くの写真家や美術家によって、その様子が残されてきました。 1番古い物は2枚の屏風に描かれた「相馬野馬追図」。 当時の迫力を見て感じることができるこの屏風はもちろん、相馬野馬追の歴史や騎馬武者の甲冑などの武具、「新旗争奪戦」のジオラマなど、南相馬市博物館で見ることができます。 今月は、相双地方出身・ゆかりのある美術作家たちにより描かれた「相馬野馬追」の作品が展示がされます。 作者の思いが込められた作品は、墨で描かれたり、色鮮やかに描かれたり、様々な形で「相馬野馬追」が表現されています。 1000年以上も前から野馬追が行われてきたこの地で見るからこそ、感じられる何かがあるに違いません。 特別展は11月4日まで。 〈特別展の詳細〉 「描かれた相馬野馬追2018」 期 間:9月8日(土曜日)~11月4日(日曜日) 場 所: 南相馬市博物館 ( 福島県南相馬市原町区牛来字出口194) 電話番号 :0244-23-6421 関連記事.

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相馬野馬追の起こりについては、相馬氏の始祖、平将門に始まると伝え『相家故事秘要集』に、「将門、関八州を領してより、下総国葛飾郡小金ヶ原(しもうさのくにかつしかぐんこがねがはら)に馬を放ち、年々春夏秋二度も三度も、八カ国の兵を集め、甲冑を帯し、大群を学び、野馬を敵となして、軍法備え(そなえ)の次第、駆引(かけひき)の自由、馬上の達者、機変自在(きへんじざい)の動きを試む」と見える。 『奥相秘鑑』によれば、天慶3年(940)将門没後、長男は早世し、三男以下は戦死し、次男将国(まさくに)一人が死を免れて民家にかくれ、その子文国は旧臣浮島太夫木幡右近国豊に隠まわれ、常陸国信田(ひたちのくにしだ)郡浮島に住み、信田小太郎と称した。 文国(ふみくに)の子頼望(よりもち)にいたり推されて信田の郡主となり、漸く地方に重きをなすようになった、とある。 将門没後、数代の間は野馬追も出来なかったと思われるが、相馬氏の一族の岡田氏が下総国葛飾郡に住んで、わずかに野馬追を続けていたとも伝わる。 頼望より六代目の重国(しげくに)の代になって千葉介常兼(つねかね)(千葉城に居住)より所領を分け与えられ、下総国相馬郡守谷に移り、信田の名を改め、相馬を名のり相馬家を再興した。 重国から胤国(たねくに)、師国(もろくに)と続いたが、師国に子がなかったので、養子として迎えたのが、本家筋の千葉常胤の次子、師常(もろつね)であり、ここに師常は将門の正統を継いだのである。 そして、師常の頃から、晴れて先例のように小金ヶ原で毎年五月中(なか)の申(さる)の日に野馬追を行うようになったとするのが一般の伝承である。 小金ヶ原で行われたという将門のころの野馬追の様子は知る由(よし)もないが、平素多くの野馬を放牧し、この馬群を多くの将兵が騎馬で追い出し、一定の場所に追い込み、野馬を生捕る(いけどる)ことによって敵兵を捕虜にした形をとった、いわゆる野馬追の行事を行ったとされる。 今に残る小金ヶ原は、ほんの名ばかりで、守谷(茨城県守谷市)の西南方約20キロメートルの辺り(あたり)にあるという。 将門の正統を継いだ師常(もろつね)は、鎌倉四天王の一人として武名をはせ、陸奥国行方郡を拝領したので、彼を陸奥相馬氏の祖としているのである。

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