百人一首。 小仓百人一首(日本诗集)_百度百科

百人一首(一覧・意味・覚え方・解説・作者・文法:百人一首の全て)

百人一首

小倉色紙(蝉丸) 小倉百人一首は、末期から初期にかけて活動した・が選んだ秀歌撰である。 その原型は、ので歌人でもある宇都宮蓮生()の求めに応じて、定家が作成したである。 蓮生は、(現・京都府京都市右京区嵯峨)に建築した別荘・小倉山荘のの装飾のため、定家に色紙の作成を依頼した。 定家は、のから鎌倉時代のまで、100人の歌人の優れた和歌を一首ずつ選び、年代順に色紙にしたためた。 小倉百人一首が成立した年代は確定されていないが、の前半と推定される。 成立当時には、この百人一首に一定の呼び名はなく、「小倉山荘色紙和歌」「嵯峨山荘色紙和歌」「小倉色紙」などと呼ばれた。 後に、定家が小倉山で編纂したという由来から、「小倉百人一首」という通称が定着した。 後期に連歌師のが著した『百人一首抄』(宗祇抄)によって研究・紹介されると、小倉百人一首は歌道の入門編として一般にも知られるようになった。 に入り、の技術が普及すると、絵入りの歌がるたの形態で広く庶民に広まり、人々が楽しめる遊戯としても普及した。 小倉百人一首の関連書には、同じく定家の撰に成る『』がある。 百人秀歌も百人一首の形式で、100人の歌人から一首ずつ100首を選んで編まれた秀歌撰である。 『百人秀歌』と『百人一首』との主な相違点は、1 「との歌が無く、代わりに・・の歌が入っていること、2 の歌が『うかりける』でなく『やまざくら』の歌であることの2点である。 この『百人秀歌』は、『百人一首』の原型(原撰本)となったと考えられている。 定家から蓮生に送られた色紙、いわゆる小倉色紙(小倉山荘色紙)は、蓮生の子孫にも一部が受け継がれた。 室町時代にが広まると小倉色紙を茶室に飾ることが流行し、珍重されるようになった。 の武将・が配下のに暗殺され、一族が滅ぼされたのは、鎮房がに伝わる小倉色紙の提出を秀吉に求められて拒んだことも一因とされる。 小倉色紙はあまりにも珍重され、価格も高騰したため、贋作も多く流布するようになった。 『百人一首』の歌と歌人たち [ ] 百人一首に採られた100首には、1番の天智天皇の歌から100番の順徳院の歌まで、各歌に歌番号(和歌番号)が付されている。 この歌番号の並び順は、おおむね古い歌人から新しい歌人の順である。 内は漢字の読みを示す。 歌一覧 番号 詠み人 歌 1. 秋(あき)の田(た)の かりほの庵(いほ)の とまをあらみ わが衣手(ころもで)は 露(つゆ)にぬれつつ 2. 春(はる)すぎて 夏(なつ)きにけらし 白妙(しろたへ)の 衣(ころも)干(ほ)すてふ 天(あま)のかぐ山(やま) 3. 足曳(あしびき)の 山鳥(やまどり)の尾(を)の しだり尾(を)の 長々(ながなが)し夜(よ)を獨(ひと)り かも寝(ね)む 4. 田子(たご)の浦(うら)に うち出(い)でて見(み)れば 白妙(しろたへ)の 富士(ふじ)の高嶺(たかね)に 雪(ゆき)は降(ふ)りつつ 5. 奥山(おくやま)に 紅葉(もみぢ)踏(ふ)み分(わ)け 鳴(な)く鹿(しか)の 聲(こゑ)きく時(とき)ぞ 秋(あき)はかなしき 6. 鵲(かささぎ)の 渡(わた)せる橋(はし)に おく霜(しも)の 白(しろ)きを見(み)れば 夜(よ)ぞ更(ふ)けにける 7. 天(あま)の原(はら) ふりさけ見(み)れば 春日(かすが)なる 三笠(みかさ)の山(やま)に 出(い)でし月(つき)かも 8. わが庵(いほ)は 都(みやこ)のたつみ しかぞ住(す)む 世(よ)をうぢ山(やま)と 人(ひと)はいふなり 9. 花(はな)の色(いろ)は 移(うつ)りにけりな いたづらに わが身(み)世(よ)にふる ながめせしまに 10. 是(こ)れやこの 行(ゆ)くもかへるも 別(わか)れては 知(し)るもしらぬも 逢坂(あふさか)の關(せき) 11. わたのはら 八十島(やそしま)かけて こぎ出(い)でぬと 人(ひと)には告(つ)げよ あまの釣船(つりぶね) 12. 天津風(あまつかぜ) 雲(くも)の通路(かよひぢ) ふきとぢよ をとめの姿(すがた) しばしとどめむ 13. 筑波嶺(つくばね)の みねより落(お)つる みなの川(がは) 戀(こひ)ぞつもりて 淵(ふち)となりぬる 14. 陸奥(みちのく)の しのぶもぢずり 誰(たれ)故(ゆゑ)に 亂(みだ)れそめにし われならなくに 15. 君(きみ)がため はるの野(の)に出(い)でて 若菜(わかな)つむ わが衣手(ころもで)に 雪(ゆき)はふりつつ 16. 立(たち)別(わか)れ いなばの山(やま)の 峯(みね)に生(お)ふる まつとしきかば 今(いま)かへりこむ 17. 千早(ちはや)振(ぶ)る 神代(かみよ)もきかず 竜田川(たつたがは) から紅(くれなゐ)に 水(みづ)くくるとは 18. 住(すみ)の江(え)の 岸(きし)に寄(よ)る波(なみ) よるさへや 夢(ゆめ)の通(かよ)ひ路(ぢ) 人(ひと)めよくらむ 19. 難波(なには)がた 短(みじか)き蘆(あし)の ふしの間(ま)も 逢(あ)はで此世(このよ)を すぐしてよとや 20. 佗(わび)ぬれば 今(いま)はたおなじ なにはなる みをつくしても あはむとぞ思(おも)ふ 21. 今(いま)来(こ)むと いひしばかりに 長月(ながつき)の 有明(ありあけ)の月(つき)を 待(まち)出(い)でつるかな 22. 吹(ふ)くからに 秋(あき)の草木(くさき)の しをるれば むべ山風(やまかぜ)を 嵐(あらし)と云(い)ふらむ 23. 月(つき)見(み)れば 千々(ちぢ)に物(もの)こそ 悲(かな)しけれ わが身(み)一(ひと)つの 秋(あき)にはあらねど 24. 此(こ)の度(たび)は ぬさも取(とり)あへず 手向山(たむけやま) 紅葉(もみぢ)のにしき 神(かみ)のまにまに 25. 名(な)にしおはば 逢坂山(あふさかやま)の さねかづら 人(ひと)に知(し)られで くるよしもがな 26. 小倉山(をぐらやま) 峯(みね)のもみぢ葉(ば) 心(こころ)あらば 今(いま)一度(ひとたび)の みゆきまたなむ 27. みかの原(はら) わきてながるる いづみ川(がは) いつみきとてか 戀(こひ)しかるらむ 28. 山里(やまざと)は 冬(ふゆ)ぞ寂(さび)しさ まさりける 人(ひと)めも草(くさ)も かれぬと思(おも)へば 29. 心(こころ)あてに をらばやをらむ はつしもの 置(お)きまどはせる 白菊(しらぎく)のはな 30. 有明(ありあけ)の つれなく見(み)えし 別(わか)れより 暁(あかつき)ばかり うきものはなし 31. 朝(あさ)ぼらけ 有明(ありあけ)の月(つき)と 見(み)るまでに よしのの里(さと)に 降(ふ)れる白雪(しらゆき) 32. 山川(やまがは)に 風(かぜ)のかけたる 栅(しがらみ)は 流(なが)れもあへぬ 紅葉(もみぢ)なりけり 33. 久方(ひさかた)の 光(ひかり)のどけき 春(はる)の日(ひ)に しづ心(こころ)なく 花(はな)の散(ち)るらむ 34. 誰(たれ)をかも しる人(ひと)にせむ 高砂(たかさご)の 松(まつ)も昔(むかし)の 友(とも)ならなくに 35. 人(ひと)はいさ 心(こころ)も知(し)らず ふるさとは 花(はな)ぞ昔(むかし)の 香(か)に匂(にほ)ひける 36. 夏(なつ)の夜(よ)は まだ宵(よひ)ながら 明(あ)けぬるを 雲(くも)のいづこに 月(つき)やどるらむ 37. 白露(しらつゆ)に 風(かぜ)の吹(ふ)きしく 秋(あき)の野(の)は つらぬきとめぬ 玉(たま)ぞ散(ち)りける 38. 忘(わす)らるる 身(み)をば思(おも)はず ちかひてし 人(ひと)の命(いのち)の をしくもあるかな 39. 浅(あさ)ぢふの をのの篠原(しのはら) しのぶれど あまりてなどか 人(ひと)の戀(こひ)しき 40. 忍(しの)ぶれど 色(いろ)に出(い)でにけり わが戀(こひ)は 物(もの)や思(おも)ふと 人(ひと)の問(と)ふまで 41. 戀(こひ)すてふ わが名(な)はまだき たちにけり 人(ひと)知(し)れずこそ 思(おも)ひそめしか 42. 契(ちぎ)りきな かたみに袖(そで)を しぼりつつ すゑの松山(まつやま) 波(なみ)こさじとは 43. 逢(あひ)見(み)ての 後(のち)の心(こころ)に くらぶれば 昔(むかし)は物(もの)を 思(おも)はざりけり 44. 逢(あ)ふことの 絶(た)えてしなくば なかなかに 人(ひと)をも身(み)をも 恨(うら)みざらまし 45. 哀(あはれ)とも いふべき人(ひと)は おもほえで 身(み)のいたづらに なりぬべきかな 46. 由良(ゆら)の門(と)を わたる舟人(ふなびと) かぢをたえ ゆくへも知(し)らぬ 戀(こひ)の道(みち)かな 47. 八重葎(やへむぐら) しげれる宿(やど)の さびしきに 人(ひと)こそ見(み)えね 秋(あき)は來(き)にけり 48. 風(かぜ)をいたみ 岩(いは)うつ波(なみ)の おのれのみ くだけて物(もの)を 思(おも)ふころかな 49. 御垣守(みかきもり) 衛士(ゑじ)のたく火(ひ)の 夜(よる)はもえて 晝(ひる)は消(き)えつつ 物(もの)をこそ思(おも)へ 50. 君(きみ)がため 惜(を)しからざりし 命(いのち)さへ ながくもがなと 思(おも)ひけるかな 51. かくとだに えやはいぶきの さしも草(ぐさ) さしも知(し)らじな もゆるおもひを 52. 明(あけ)ぬれば 暮(く)るるものとは 知(し)りながら 猶(なほ)恨(うら)めしき 朝(あさ)ぼらけかな 53. なげきつつ 獨(ひと)りぬる夜(よ)の あくるまは いかに久(ひさ)しき ものとかはしる 54. 忘(わす)れじの 行末(ゆくすゑ)までは かたければ 今日(けふ)をかぎりの 命(いのち)ともがな 55. 瀧(たき)の音(おと)は 絶(た)えて久(ひさ)しく なりぬれど 名(な)こそ流(なが)れて 猶(なほ)聞(き)こえけれ 56. あらざらむ 此世(このよ)の外(ほか)の 思(おも)ひ出(で)に 今ひとたびの 逢(あ)ふ事(こと)もがな 57. 巡(めぐ)りあひて 見(み)しや夫(それ)とも わかぬまに 雲(くも)がくれにし 夜半(よは)の月(つき)かな 58. 有馬山(ありまやま) ゐなの笹原(ささはら) 風(かぜ)ふけば いでそよ人(ひと)を 忘(わす)れやはする 59. 安(やす)らはで 寝(ね)なましものを 小夜(さよ)更(ふ)けて かたぶくまでの 月(つき)を見(み)しかな 60. 大江山(おほえやま) いく野(の)の道(みち)の 遠(とほ)ければ まだ文(ふみ)も見(み)ず 天(あま)のはし立(だて) 61. いにしへの 奈良(なら)の都(みやこ)の 八重櫻(やへざくら) けふ九重(ここのへ)に 匂(にほ)ひぬるかな 62. 夜(よ)をこめて 鳥(とり)の空音(そらね)は はかるとも 世(よ)に逢坂(あふさか)の 關(せき)はゆるさじ 63. 今(いま)はただ 思(おも)ひ絶(た)えなむ とばかりを 人(ひと)づてならで いふよしもがな 64. 朝(あさ)ぼらけ 宇治(うぢ)の川(かは)ぎり たえだえに あらはれ渡(わた)る 瀬々(せぜ)のあじろぎ 65. 恨(うら)みわび ほさぬ袖(そで)だに あるものを 戀(こひ)に朽(く)ちなむ 名(な)こそをしけれ 66. もろともに あはれと思(おも)へ 山櫻(やまざくら) 花(はな)より外(ほか)に 知(し)る人(ひと)もなし 67. 春(はる)の夜(よ)の 夢(ゆめ)ばかりなる 手枕(たまくら)に かひなく立(た)たむ 名(な)こそをしけれ 68. 心(こころ)にも あらでうき世(よ)に 長(なが)らへば 戀(こひ)しかるべき 夜半(よは)の月(つき)かな 69. 嵐(あらし)吹(ふ)く 三室(みむろ)の山(やま)の もみぢ葉(ば)は 龍田(たつた)の川(かは)の にしきなりけり 70. 淋(さび)しさに 宿(やど)を立(た)ち出(い)でて ながむれば いづこも同(おな)じ 秋(あき)のゆふぐれ 71. 夕(ゆふ)されば 門田(かどた)のいなば おとづれて あしのまろやに 秋風(あきかぜ)ぞふく 72. 音(おと)に聞(き)く たかしの濱(はま)の あだ浪(なみ)は かけじや袖(そで)の ぬれもこそすれ 73. 高砂(たかさご)の 尾上(をのへ)の櫻(さくら) 咲(さ)きにけり 外山(とやま)の霞(かすみ) たたずもあらなむ 74. 憂(う)かりける 人(ひと)をはつせの 山(やま)おろしよ はげしかれとは 祈(いの)らぬものを 75. 契(ちぎ)りおきし させもが露(つゆ)を 命(いのち)にて あはれ今年(ことし)の 秋(あき)もいぬめり 76. 和田(わた)の原(はら) こぎ出(い)でて見(み)れば 久方(ひさかた)の 雲(くも)ゐにまがふ 沖津(おきつ)白(しら)なみ 77. 瀬(せ)をはやみ 岩(いは)にせかるる 瀧川(たきがは)の われても末(すゑ)に あはむとぞ思(おも)ふ 78. 淡路島(あはぢしま) かよふ千鳥(ちどり)の 鳴(な)く聲(こゑ)に いく夜(よ)ねざめぬ 須磨(すま)の關守(せきもり) 79. 秋風(あきかぜ)に 棚引(たなび)く雲(くも)の 絶間(たえま)より もれ出(い)づる月(つき)の 影(かげ)のさやけさ 80. 長(なが)からむ 心(こころ)もしらず 黒髪(くろかみ)の みだれて今朝(けさ)は ものをこそ思(おも)へ 81. ほととぎす なきつる方(かた)を ながむれば ただ有明(ありあけ)の 月(つき)ぞ残(のこ)れる 82. 思(おも)ひわび さても命(いのち)は ある物(もの)を うきにたへぬは 涙(なみだ)なりけり 83. 世(よ)の中(なか)よ 道(みち)こそなけれ 思(おも)ひ入(い)る 山(やま)の奥(おく)にも 鹿(しか)ぞなくなる 84. 永(なが)らへば また此頃(このごろ)や しのばれむ うしと見(み)し世(よ)ぞ 今(いま)は戀(こひ)しき 85. 夜(よ)もすがら 物(もの)思(おも)ふころは 明(あ)けやらで 閨(ねや)の隙(ひま)さへ つれなかりけり 86. 嘆(なげ)けとて 月(つき)やはものを 思(おも)はする かこち顔(がほ)なる わが涙(なみだ)かな 87. 村雨(むらさめ)の 露(つゆ)もまだひぬ まきの葉(は)に 霧(きり)たちのぼる 秋(あき)の夕(ゆふ)ぐれ 88. 難波江(なにはえ)の 蘆(あし)のかり寝(ね)の ひと夜(よ)ゆゑ 身(み)を盡(つくし)てや 戀(こひ)わたるべき 89. 玉(たま)の緒(を)よ たえなばたえね 永(なが)らへば 忍(しの)ぶる事(こと)の よわりもぞする 90. 見(み)せばやな 雄島(をじま)のあまの 袖(そで)だにも 濡(ぬ)れにぞぬれし 色(いろ)はかはらず 91. きりぎりす なくや霜夜(しもよ)の さむしろに 衣(ころも)かたしき 獨(ひと)りかもねむ 92. わがそでは 潮干(しほひ)に見(み)えぬ 沖(おき)の石(いし)の 人(ひと)こそしらね かわく間(ま)もなし 93. 世(よ)の中(なか)は 常(つね)にもがもな 渚(なぎさ)漕(こ)ぐ 海士(あま)の小舟(をぶね)の 綱(つな)でかなしも 94. みよし野(の)の 山(やま)の秋風(あきかぜ) 小夜(さよ)更(ふ)けて ふる郷(さと)さむく 衣(ころも)うつなり 95. おほけなく 浮世(うきよ)の民(たみ)に おほふかな わがたつ杣(そま)に 墨染(すみぞめ)の袖(そで) 96. 花(はな)さそふ 嵐(あらし)の庭(には)の 雪(ゆき)ならで ふりゆくものは わが身(み)なりけり 97. 來(こ)ぬ人(ひと)を まつほの浦(うら)の 夕(ゆふ)なぎに やくや藻塩(もしほ)の 身(み)もこがれつつ 98. 風(かぜ)そよぐ ならの小川(をがは)の 夕暮(ゆふぐれ)は みそぎぞ夏(なつ)の しるしなりける 99. 人(ひと)もをし 人(ひと)も恨(うら)めし 味氣(あぢき)なく 世(よ)を思(おも)ふ故(ゆゑ)に 物(もの)おもふ身(み)は 100. 百敷(ももしき)や 古(ふる)き軒端(のきば)の しのぶにも 猶(なほ)あまりある 昔(むかし)なりけり 小倉百人一首に選ばれた100名は、男性79名、女性21名。 男性の内訳は、7名、1名、28名(うち4名、1名)、下級貴族28名、12名、詳細不明3名。 また女性の内訳は、天皇1名、1名、女房17名、公卿の母2名となっている。 歌の内容による内訳では、春が6首、夏が4首、秋が16首、冬が6首、離別が1首、羇旅が4首、恋が43首、雑(ぞう)が19首、雑秋(ざっしゅう)が1首である。 100首はいずれも『』『』などのに収載されるから選ばれている。 万葉の歌人 『』の時代はまだおおらかで、身分の差にこだわらずに天皇、貴族、、農民などあらゆる階層の者の歌が収められている。 自分の心を偽らずに詠むところが特徴。 有名な歌人は、、、など。 六歌仙の時代 この時代になると、や、などの技巧をこらした繊細で、優美な歌が多く作られた。 選者のが「」と呼んだ、やなどが代表的な歌人である。 女流歌人の全盛 の中頃、宮廷中心の貴族文化は全盛を迎える。 文学の世界では、女性の活躍が目ざましくが『』、が『』を書いた。 『百人一首』にはそのほかにも、、、、、といった宮廷の才女の歌が載っている。 隠者と武士の登場 貴族中心のから、が支配するへと移る激動の世情の中で、を心の支えにする者が増えた。 『百人一首』もそうした時代を反映し、やなどのも登場する。 自身も撰者となった『』の歌が中心で、色彩豊かな絵画的な歌が多く、微妙な感情を象徴的に表現している。 用途 [ ] 下の句かるた。 『百人一首』は現在では歌集としてよりも、としての方が知名度が高く、特にの風物詩としてなじみが深い。 『百人一首』のかるたは 歌がるたとも呼ばれ、現在では一般に以下のような形態を持つ。 百人一首かるたは、百枚の読み札と同数の取り札の計二百枚から成る。 札の構造、材質、裏面などは読み札と取り札では区別がない。 読み札の表面にはふうのの(これは歌仙などを模した意匠が多い)と作者の名、和歌が記されており、取り札には全て書きでだけが書かれている。 読み札には彩色があるが、取り札には活字が印されているだけである点が大きく異なる。 かるたを製造している会社として有名なのは、京都の企業である、、で、現在ではこの3社がほぼ市場を寡占している。 までの百人一首は、読み札には作者名と上の句のみが、取り札には下の句が、崩し字で書かれており、現在のように読み札に一首すべてが記されていることはなかった。 これは元来歌がるたが百人一首を覚えることを目的とした遊びであったためであり、江戸中期ごろまでは歌人の絵が付されていない読み札もまま見られる。 また、現在でもでは、「」というやや特殊な百人一首が行われている。 この「下の句かるた」に用いられるかるたでは、上の句は読まれず下の句だけが読まれ、取り札は厚みのある木でできており、表面に古風な崩し字で下の句が書いてある。 江戸期の面影を残したかるたであると言える。 21世紀においては、にされた百人一首によるかるた大会も行われている。 歌かるたが正月の風俗となったのは格別の理由がある訳ではない。 元々は様々な折に子供や若者が集まって遊ぶ際、百人一首がよく用いられたことによるものである。 その中でも特に正月は、子供が遅くまで起きて遊ぶことを許されていたり、わざわざ百人一首のための会を行うことが江戸後期以降しばしば見られたりしたこともあり、現在ではこれが正月の風俗として定着しているものであろう。 首を用いたかるたの遊び方には以下のようなものがある。 散らし取り(お散らし) [ ] 古くから行われた遊びかたのひとつで、以下のようなルールに従う。 読み手を選ぶ(普通は一人)。 読み札をまとめて読み手に渡し、取り札は百枚すべてを畳の上などに散らして並べる。 取り手は何人でもOK。 みなで取り札のまわりを囲む。 このとき不平等にならないように、取り札の頭はそれぞればらばらな方を向いているようにならなければならない。 読み手が読み札を適当に混ぜてから、札の順に歌を読み上げる。 歌が読み始められたら、取り手は取り札を探して取ってかまわない。 ある文字まで読まれればその札だと確定できるという文字をといい、決まり字の把握が札を取る早さを左右する。 同時に何人もが同じ札を押さえた場合には、手が一番下にある人がこれを取る権利を持つ。 間違った札を取った場合(お手つき)には何らかの罰則が行われるが、源平のようにしっかりとした決まりごとはない。 百枚目を取ったところで終了。 最も多くの札を取った人が勝ちである。 本来は読み札には上の句しか書いてなかったために、この遊び方は百人一首を覚えるうえでも、札の取り合いとしても、それなりの意味があった。 現在では読み札に一首全てが書かれているため、本来の意図は見失われている。 ただし大人数で同時に遊ぶためには都合の良い遊び方で、かつてのかるた会などではたいていこの方法を用いていた。 お散らしに限らず、江戸時代までは読み手は作者の名前から順に読み上げ、上の句が終わったところで読むことを止めるのが常であったようだ。 現在では作者名を省き、最後まで読んでしまう(なかなか取り手が取れない場合には下の句を繰り返す)。 読み方に関しては上の句と下の句の間で、間をもたせすぎるのは良くないとされるが、本来の遊び方からすればナンセンスな問題とも言える。 逆さまかるた [ ] 本来の百人一首は上記である散らし取りが一般的であるが、この逆さまかるたは読み札(絵札)が取り札になり、下の句札(取り札)が読み札となるもの。 このゲームの目的は「下の句を聞いて上の句を知る」ための訓練ゲームでもある。 もちろん、多くの札を取った人が勝ちとなるが、取り札である読み札にはが混じるため視覚からくる思わぬなども加わって、思わぬところで「お手付き」があるのもこのゲームの特徴である。 源平合戦 [ ] 源平とはとのこと。 二チームに分かれて団体戦を行うのが源平合戦の遊び方である。 散らし取り同様に絵札と字札を分け、読み手を一人選ぶ。 百枚の字札を五十枚ずつに分け、それぞれのチームに渡す。 両チームはそれを3段に整列して並べる。 散らし取り同様に読まれた首の字札を取る。 この時、相手のチームの札を取った時は、自分のチームの札を一枚相手チームに渡す。 これを「送り札」という。 先に札のなくなったチームの勝ちとなる。 で行われる大会はほとんどがこのルールであり、民間でも一般的である。 リレーかるた [ ] 源平合戦と同じルールだが、取る人が順次交代する点で異なる。 交代のタイミングは、自分のチームの札を相手に取られた時、10枚読まれた時など。 競技かるた [ ] 詳細は「」を参照 一般社団法人の定めたルールのもとに行われる本格的な競技。 毎年1月の上旬ににあるでが開催される。 名人戦は男子の日本一決定戦であり、クイーン戦は女子の日本一決定戦である。 で毎年生中継される。 また、7月下旬にはが行われている。 そのほか、全国各地で色々な大会が開催されている。 取り札を半分の五十枚しか用いないことが特徴である(ただし読み札は百首すべて読まれる)。 その他 [ ] 首を読まず、絵柄を利用した遊びもある。 坊主めくり [ ] 使用する札は読み札のみで、取り札は使用しない。 百枚の絵札を裏返して場におき、各参加者がそれを一枚ずつ取って表に向けていくことでゲームが進む。 多くのローカルルールが存在するが、多くで共通しているルールは以下のようなものである。 男性が描かれた札を引いた場合は、そのまま自分の手札とする。 坊主(「ハゲ」と呼ぶこともまれにある)の描かれた札を引いた場合には、引いた人の手元の札を全て山札の横に置く。 女性の札(姫)を引いた場合には、引いた人がそれまでに山札の横に置かれていた札を全てもらう。 の札を引いた場合、引いた人は一回休み。 裏向きに積まれた札の山がなくなるとゲーム終了。 このとき最も多くの札を手元に持っていた参加者が勝者となる。 様々な地方ルール(ローカルルール)があり、例えば次のようなものが知られている。 山札の横に札が無い場合に、姫を引いた場合はもう1枚札をめくることができる。 天皇札(台座に縞模様がある札)を引いた際には、数枚引ける。 天皇を引いた際には、山札とその横の札を除き、すべての札が引いた人の手札となる。 段に人が乗っている札を引いた際、もう一枚めくることができる。 蝉丸が出た場合、全員の札を供託に置く。 蝉丸も坊主扱い。 坊主めくりは歌を暗記していない子供も参加できる遊びとして考案されたとみられるが、その発祥時期と考案者は明らかでない。 の文献には現われないことから、以降に成立したものと考えられている。 青冠 [ ] 詳細は「」を参照 読み札のみを使用し取り札は使用しない。 4人で行い、全員に配られた札を向かい合った二人が協力して札をなくしていく。 書かれた絵柄で、青冠(あおかんむり)、縦、横烏帽子、矢五郎、坊主、姫となる。 ただし、天智天皇と持統天皇は特殊で、天智天皇は全ての札に勝ち、また持統天皇は天智天皇以外に勝つ。 絵の書いた人、時期によって、100枚のうちの絵柄の構成が変わるゲームである。 100枚の札を4人に全て配る。 最初の人を決めその人が右隣の人に対して1枚手札から出す。 出された人は、同じ絵柄の札か、持統天皇、天智天皇の札を出して受ける(天智天皇はどの札も受けられないし、持統天皇は天智天皇のみで受けられる)。 受けることが出来た場合、受けた人が、右隣に1枚手札から出す。 以下同様に続けていく。 受けることが出来なかった場合、何も出せずに右隣の人に順番が移る(最初に出した人の向かい側の人が出す)。 この手順を続け、最初に手札を無くした人のいるペアの勝ち。 これを何回か行い勝敗を決める。 銀行 [ ] 「銀行」は1950~60年代まで、各地方で盛んに行われた子供、あるいは大人も入れた家族の遊びで 、和歌は使わず、文字札は1、冠の札は10、姫の札は50、弓持ちの札(2枚ある)は150、烏帽子の札は300、坊主は400、台付き札(天皇と皇族)は500、の札は最高位の1,000の価値があると見なす。 遊び手の一人が「銀行」となり、4・5枚の札を伏せて置いたあと、その他の遊び手はあらかじめ一定額を貰った札の一部を銀行が置いた札の前に置いて賭けて、銀行が「空(あ)きの方(かた)は」などといいながら札を開けた時に、銀行の札の点数が多ければ没収されて、点数が同じなら引き分け、点数が少なければその他の遊び手に利子として支払いをする。 (空きの方が坊主で負けたら2倍、坊主だったら3倍も銀行に取られるなどの細かいルールもある。 )手持ちの札の点数が多い人の勝ちで、また銀行に点数が集まり過ぎた時には、銀行はわざと少ない点数の札を置いて、負けてやって、ゲームを続ける。 異種百人一首 [ ] 小倉百人一首の影響を受けて後世に作られた百人一首。 以下に代表的なものを挙げる。 『』 撰。 小倉百人一首に採られなかった歌人の作を選定しているが、91番「従二位成忠女」は小倉の54番・儀同三司母()と同一人物というミスが起こっている。 また、79首目の歌はの歌となっているが、実際にはの歌である。 その他、『』に見えるも64番に入首(百人秀歌とは別の歌)している。 『』 同名の物が複数ある。 半ばの成立と見られている。 からにかけての武人による和歌を採録。 6年(1666年)刊。 の撰とされるが、本自体にはその旨の記述はなく、後にが『群書一覧』で比定したものである。 また寛文12年(1672年)、の挿絵、和歌はの筆で再刊された。 菱川師宣の署名した絵入り本の最初とされ、絵師菱川吉兵衛と署名されている。 5年(1858年)刊。 賞月堂主人の著。 のものと比べると、23人が別人の歌に置き換えられている。 42年(1909年)刊。 神代から幕末までの武将・大名・夫人等の和歌を採録。 『』 成立。 室町時代から江戸中期にかけての武将・大名による和歌を採録している。 『』 初頭に成立。 序文によればの撰、中院関白顕実の補作とするが、後者の存在が疑わしいため成立年代は未定である。 勅撰集だけでなく、『』などの私撰集からも採録しているのが特徴。 『』 10年(1839年)刊。 『』に登場する人物のを採録しているが、その数は123人。 肖像を入れ、人物略伝、和歌の略注をのせる。 和歌は、絵はの筆。 『』 天保15年(1844年)刊。 から室町期までの武人の和歌を採録。 『』 弘化4年(1847年)刊。 緑亭川柳撰。 英雄百人一首に対し、著名な女性の和歌を採録。 『』 2年(1849年)刊。 緑亭川柳撰。 英雄百人一首の続編で、平安からまでの武将・大名の和歌を採録。 『』 嘉永3年(1850年)刊。 緑亭川柳撰。 平安から江戸初期までの武将やその夫人等の和歌を採録。 『』 嘉永4年(1851年)成立。 ・の女流歌人のを採録。 『』 明治7年(1874年)刊。 の等の和歌を採録。 『』 中の17年(1942年)に選定・発表された。 恋歌の多い小倉百人一首に代わって「愛国の精神が表現された」名歌を採録。 『』 平成14年(2002年)刊。 小倉百人一首、愛国百人一首と重複しないように和歌を採録。 から、から新かなづかいで出版という企画が巧妙。 『』 平成24年(2012年)刊。 小倉百人一首、愛国百人一首、平成新選百人一首と重複しないように和歌を、一選者一歌人で101首採録。 当初は寄贈だけで、販売せず。 小倉百人一首関連作品 [ ] 音楽 [ ]• 『』(・) 作曲、手付。 百人一首より衣を詠んだ歌五種を選び、四季の順に配した地歌の大曲。 「石川の三つもの」(三大名曲)の一つ。 『』(箏曲・曲) 作曲。 後唄に「淡路島通ふ千鳥の鳴く声に・・・」が採られている。 『』(邦楽) 作詞、作曲。 歌詞の一部に「こひしかるべき」「神のまにまに」「わがなみだかな」の3フレーズが入っている。 『』(邦楽) 作詞、作曲。 歌詞の一部に「天つ風雲の通ひ路吹きとぢよ・・・」の歌が入っている。 by ラジオCM『百人一首篇』(全4曲)中島光一作曲、歌。 2010年5月より放送。 全歌詞が百人一首の歌からなる。 『』(邦楽)作詞、作曲、歌。 メンバーが一首ずつ選び各々その意味をラップ調で歌っている。 歌曲集『小倉百人一首』。 作曲家・による100曲の歌集。 弦楽四重奏版、ピアノ版、オーケストラ版がある。 『和歌うた 小倉百人一首 』 小説 [ ]• 『』(第2作目、)• 『歌枕殺人事件』(、)• 『』(1作目、講談社) 漫画 [ ]• 作画 、工藤治 原作 『あやかし歌姫かるた』• 『』 、2008年3月~5月• 『』 連載中• 『』 アニメ映画 [ ]• (2017年) 映画 [ ]• (2016年3月)• ちはやふる -下の句- (2016年4月)• ちはやふる -結び- (2018年) 落語 [ ]• ゲーム [ ] ここでは、を用いるゲームのみを扱う。 ( )• ( )• テレビ番組 [ ]• (坊主めくりが出てくる) テレビドラマ [ ]• (2003年、)• (2008年、)• (2010年、NHK総合) 検定 [ ]• 『小倉検定問題集』 編 評論・解説 [ ]• 『絢爛たる暗号 百人一首の謎を解く』 文庫 序文にが「なぜ類似の歌が多いのか。 なぜ駄作・愚作の歌を、一世の大歌人・定家ともあろう人が採録したのか。 織田さんは素人の素朴な疑問と直観を大事にして、その謎に挑戦していった」と書いた通りの、百人一首解説本。 著者本人も「百首解読といういささかの吉報を七百年後に持ちこした」(あとがきより)と、歴史的事業であると自負する。 新しい解釈の中心をなすのは、収録歌がそれぞれ言葉の類似性および縁語的使用と、意味上の正連鎖(類義語)・逆連鎖(対義語)という二つの相関関係を縦横の軸とする二次元的な構造に再構成できるという主張である。 ゆえに、選歌の基準はそれらの構造上の必然性に基づいてなければならず、従来の「一首ずつ鑑賞するための詞華集」という暗黙の前提は的外れであると批判する。 この説を支持するために、同じ定家の選による「百人秀歌」および「新古今集」と「百人一首」との対応関係、および定家と後鳥羽上皇との関係を新たに指摘する。 翻訳書 [ ]• 『スペイン語で詠う小倉百人一首 Cien Poetas, Un Poema Cada Uno, Ogura Hyakunin Isshu 』 訳、エレナ・ガジェゴ・アンドラーダ監修、2016年、大盛堂書房(日西対訳版、日西音声CD付)。 脚注 [ ] []• による。 定家の日記『』の2年5月27日(1235年6月14日)の条には、「古来の人の歌各一首」を書き送った旨の記述がある。 ただし、この時に書き送った物が『百人一首』であったとする確証はない。 『』巻一・二十八歌では『春過而 夏来良思 白妙之 衣乾有 天香具山』で、「夏(なつ)来(き)たるらし」(来たようだ)と「現在形」になっているが、『』は「夏(なつ)来(き)にけらし」で「過去完了」の「推量」に転じている。 『』巻一・二十八歌では、「衣(ころも)干(ほ)したり」(干してある)と「断定」になっており、「衣(ころも)干(ほ)すてふ」(干すと聞く)の「伝聞」の意味に『』までに変じたとされる。 『万葉集』巻三・三百十七歌には「田児の浦ゆうち出て見れば真白にそ不尽の高嶺に雪は降りける」とある。 柿本人麻呂、猿丸大夫、蝉丸の3名。 また、僧侶の内に入っている喜撰法師も経歴・出自が一切不明である。 宗政五十緒著「新編小倉百人一首 日本古典のこころ」中央図書• 『日本経済新聞』朝刊2018年4月20日(文化面)• 2015年10月26日. 2015年11月16日閲覧。 関連項目 [ ] ウィキソースに の原文があります。 ウィキメディア・コモンズには、 に関連するメディアがあります。 (小倉百人一首文化財団が運営するテーマパーク)• (『新々百人一首』を上梓)• (百人一首の研究者、共通した札ごとに並べると風景をイメージさせる事に気づいた)• (創立当初、劇団員の芸名は百人一首にちなんだ名がつけられていた)• 外部リンク [ ]•

次の

百人一首

百人一首

「勅撰」は天皇の命令でつくること 歌集名 成立年代 歌数 905年 24 951年 7 1006年頃 11 1086年頃 14 1127年頃 5 1151年頃 5 1188年頃 14 1205年 14 1235年 4 1251年 2 解説:百人一首の分類(種類) 百人一首の歌を勅撰和歌集の 部立て ぶだて から分類すると下記のようになります。 部立てとは、和歌集を編集するときの分類のことで、春夏秋冬、恋、雑、羇旅 きりょ などに分けられるのが一般的です。 これに次いで多いのが 四季の歌で、春夏秋冬を合わせると33首にのぼります。 四季の歌の中では、 秋の歌が17首と最も多いです。 2 持統天皇 じとうてんのう 原文 春過ぎて 夏来にけらし 白妙の、衣ほすてふ 天の香具山 (はるすぎて なつきにけらし しろたへの、ころもほすてふ ちょう あまのかぐやま) 現代語訳 春が過ぎて夏が来たらしい。 「夏になると衣を干す」という天の香具山に衣が干してある。 3 柿本人麻呂 かきのもとのひとまろ 原文 あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の、ながながし夜を ひとりかも寝む (あしひきの やまどりのを お の しだりを お の、ながながしよを ひとりかもねむ ん ) 現代語訳 山鳥の長く垂れ下がっている尾のように、長い夜をひとりで寝るのだろうか。 4 山辺赤人 やまべのあかひと 原文 田子の浦に うち出でて見れば 白妙の、富士の高嶺に 雪は降りつつ (たごのうらに うちいでてみれば しろたへ え の、ふじのたかねに ゆきはふりつつ) 現代語訳 田子の浦に出て見ると、富士の高嶺に真っ白な雪が降っている。 5 猿丸大夫 さるまるだゆう 原文 奥山に 紅葉踏みわけ 鳴く鹿の、声聞く時ぞ 秋は悲しき (おくやまに もみぢふみわけ なくしかの、こゑ え きくときぞ あきはかなしき) 現代語訳 奥深い山に紅葉 もみじ を踏みわけて行き、鳴いている鹿の声を聞くときが、秋はとくに悲しい。 6 大伴家持 おおとものやかもち 原文 かささぎの 渡せる橋に 置く霜の、白きを見れば 夜ぞふけにける (かささぎの わたせるはし におくしもの、しろきをみれば よぞふけにける) 現代語訳 鵲 かささぎ が翼をならべてかけた橋、すなわち天の川に、霜が置いて白々とさえわたっているのを見ると、早くも夜がふけたことだ。 7 阿部仲麿 あべのなかまろ 原文 天の原 ふりさけ見れば 春日なる、三笠の山に 出でし月かも (あまのはら ふりさけみれば かすがなる、みかさのやまに いでしつきかも) 現代語訳 ふりむいて広々とした大空を見わたすと、そこには夜空にかかる月、あれは、春日にある三笠の山にのぼった月なのだなあ。 8 喜撰法師 きせんほうし 原文 我が庵は 都のたつみ しかぞ住む、世を宇治山と 人は言ふなり (わがいほ お は みやこのたつみ しかぞすむ、よをうぢやまと ひとはいふ う なり) 現代語訳 私の仮の住まいは都の東南にあり、その「巽」という名の通り慎ましく住んでいる。 しかし、世間の人はここを、世間を避けて住む山、宇治山と言うらしい。 9 小野小町 おののこまち 原文 花の色は 移りにけりな いたづらに、わが身世にふる ながめせしまに (はなのいろは うつりにけりな いたづらに、わがみよにふる ながめせしまに) 現代語訳 花の色はおとろえてしまったなあ。 私がこの世でむなしく過ごしている間に、というわけではないけれど、降り続く長雨をぼんやりと見ながら物思いにふける間に。 10 蝉丸 せみまる 原文 これやこの 行くも帰るも 別れては、知るも知らぬも 逢坂の関 (これやこの ゆくもかへるも わかれては、しるもしらぬも あふ おう さかのせき) 現代語訳 これがあの、東国へ行く人も都へ帰る人もここで別れ、また、知っている人も知らない人もここで会うという逢坂の関なのだ。 11 参議篁 さんぎたかむら 原文 わたの原 八十島かけて 漕ぎ出でぬと、人には告げよ あまのつり舟 (わたのはら やそしまかけて こぎいでぬと、ひとにはつげよ あまのつりぶね) 現代語訳 「広々とした海へ、多くの島々をめざして舟を漕ぎ出して行った」と、京の都にいる人々に告げてくれ、漁師の釣舟よ。 12 僧正遍昭 そうじょうへんじょう 原文 天つ風 雲の通ひ路 吹きとぢよ、をとめの姿 しばしとどめむ (あまつかぜ くものかよひ い ぢ ふきとぢよ、をとめのすがた しばしとどめむ ん ) 現代語訳 天を吹く風よ、雲の間の通り道を吹き閉じてしまってくれ。 五節に舞う少女の姿をしばらくとどめておきたいのだ。 13 陽成院 ようぜいいん 原文 つくばねの 峰よりおつる みなの川、恋ぞつもりて 淵となりぬる (つくばねの みねよりおつる みなのがは、こひ い ぞつもりて ふちとなりぬる) 現代語訳 筑波山の峰から流れ落ちるみなの川の深いところのように、私の恋も積もりに積もって淵のように深くなったのだ。 14 河原左大臣 かわらのさだいじん 原文 陸奥の しのぶもぢずり 誰ゆゑに、乱れそめにし われならなくに (みちのくの しのぶもぢずり たれゆゑ え に、みだれそめにし われならなくに) 現代語訳 陸奥国の信夫郡で作られる忍草のすり染めの模様が乱れているように、あなた以外の誰かのせいで思い乱れた私ではないのに。 15 光孝天皇 こうこうてんのう 原文 君がため 春の野に出でて 若菜つむ、我が衣手に 雪はふりつつ (きみがため はるののにいでて わかなつむ、わがころもでに ゆきはふりつつ) 現代語訳 あなたのために、春の野に出て若菜を摘んでいる私の袖に、雪が降りかかってきております。 16 中納言行平 ちゅうなごんゆきひら 原文 立ち別れ いなばの山の 峰に生ふる、まつとし聞かば 今帰り来む (たちわかれ いなばのやまの みねにおふ う る、まつとしきかば いまかへ え りこむ ん ) 現代語訳 出立しお別れして、去って行ったならば、そこはもう因幡の国です。 その因幡山の峰に生えている松ではないけれど、「私を待っている」と聞いたならば、今すぐにも帰ってまいりましょう。 17 在原業平朝臣 ありわらのなりひらあそん 原文 ちはやぶる 神代もきかず 龍田川、からくれなゐに 水くくるとは (ちはやぶる かみよもきかず たつたがは わ 、からくれなゐ い に みづくくるとは) 現代語訳 神代の昔にも聞いたことがない。 竜田川の水の流れを深紅にくくり染めにするとは。 18 藤原敏行朝臣 ふじわらのとしゆきあそん 原文 住の江の 岸による波 よるさへや、夢の通ひ路 人目よくらむ (すみのえの きしによるなみ よるさへ え や、ゆめのかよひ い ぢ ひとめよくらむ ん ) 現代語訳 住の江の岸によせる波ではないけれど、昼だけでなく夜までも、どうしてあの人は夢の中の通い路で人目を避けているのだろうか。 19 伊勢 いせ 原文 難波潟 みじかき葦の ふしの間も、あはでこの世を 過ぐしてよとや (なには わ がた みじかきあしの ふしのまも、あは わ でこのよを すぐしてよとや) 現代語訳 難波潟に生えている葦の、その短い節と節の間のように短い間も、あなたに逢わずにこの世を過ごせと言うのでしょうか。 20 元良親王 もとよししんのう 原文 わびぬれば 今はた同じ 難波なる、みをつくしても 逢はむとぞ思ふ (わびぬれば いまはたおなじ なには わ なる、みをつくしても あは わ む ん とぞおもふ う ) 現代語訳 嘆いているので、今となってはやはり同じことだ。 難波にある澪標ではないけれど、この身をほろぼしても逢おうと思うのだ。 21 素性法師 そせいほうし 原文 今来むと いひしばかりに 長月の、有明の月を 待ち出でつるかな (いまこむと いひしばかりに ながつきの、ありあけのつきを まちいでつるかな) 現代語訳 あなたが「今行きます」と言ったばかりに、九月の長い夜の、有明の月が出るまで、私はあなたが来るのか来ないのか考えながら、お待ちしてしまったことだ。 22 文屋康秀 ふんやのやすひで 原文 吹くからに 秋の草木の しをるれば、むべ山風を あらしといふらむ (ふくからに あきのくさきの しをるれば、むべやまかぜを あらしといふらむ) 現代語訳 ちょっと風が吹くだけで秋の草木がぐったりするので、なるほど、それで山から吹く風を「嵐」と言うのだろう。 23 大江千里 おおえのちさと 原文 月見れば ちぢにものこそ 悲しけれ、わが身ひとつの 秋にはあらねど (つきみれば ちぢにものこそ かなしけれ、わがみひとつの あきにはあらねど) 現代語訳 月を見ると、心がさまざまに乱れて悲しいことだ。 私ひとりだけの秋ではないのだが。 24 菅家 かんけ 原文 このたびは 幣も取りあへず 手向山、紅葉のにしき 神のまにまに (このたびは ぬさもとりあへず たむけやま、もみぢのにしき かみのまにまに) 現代語訳 今回の旅は幣の用意もできませんでした。 手向山の色とりどりの紅葉の葉を幣として差し上げますので、神のお心に従ってお受け取りください。 25 三条右大臣 さんじょうのうだいじん 原文 名にしおはば 逢坂山の さねかづら、人に知られで くるよしもがな (なにしおはば あふさかやまの さねかづら、ひとにしられで くるよしもがな) 現代語訳 「逢 あ って寝る」という名を持っているならば、逢坂山のさねかずらよ、人に知られずにあなたのところに来ることができたらなあ。 27 中納言兼輔 ちゅうなごんかねすけ 原文 みかの原 わきて流るる いづみ川、いつみきとてか 恋しかるらむ (みかのはら わきてながるる いづみがは、いつみきとてか こひしかるらむ) 現代語訳 「甕 みか 」という名をもつ「みかの原」に湧いて流れる泉川の、その「いつみ」ではないけれど、いつ見たということから、これほどまで恋しいのだろうか。 28 源宗于朝臣 みなもとのむねゆきあそん 原文 山里は 冬ぞさびしさ まさりける、人めも草も かれぬと思へば (やまざとは ふゆぞさびしさ まさりける、ひとめもくさも かれぬとおもへば) 現代語訳 山里は、冬が特にさびしさのまさって感じられることだ。 人の訪れも途絶えて、草木も枯れてしまうから。 29 凡河内躬恒 おおしこうちのみつね 原文 心あてに 折らばや折らむ 初霜の、おきまどはせる 白菊の花 (こころあてに をらばやをらむ はつしもの、おきまどはせる しらぎくのはな) 現代語訳 当て推量に、もし折るならば折ろうか。 初霜が置いて区別できなくなっている白菊の花を。 30 壬生忠岑 みぶのただみね 原文 有明の つれなく見えし 別れより、暁ばかり うきものはなし (ありあけの つれなくみえし わかれより、あかつきばかり うきものはなし) 現代語訳 月が空に残っているうちに夜明けになったその頃に、つめたく見えたあなたとの無情な別れ以来、暁ほどつらいものはない。 31 坂上是則 さかのうえのこれのり 原文 朝ぼらけ 有明の月と 見るまでに、吉野の里に ふれる白雪 (あさぼらけ ありあけのつきと みるまでに、よしののさとに ふれるしらゆき) 現代語訳 夜がほんのりと明けて、物がほのかに見える頃、有り明けの月と思われるほどに、吉野の里に降った白雪である。 32 春道列樹 はるみちのつらき 原文 山川に 風のかけたる しがらみは、流れもあへぬ もみぢなりけり (やまがはに かぜのかけたる しがらみは、ながれもあへぬ もみぢなりけり) 現代語訳 山を流れる川に風が架けている柵と見えたのは、流れきらずにいる紅葉の葉であった。 33 紀友則 きのとものり 原文 ひさかたの 光のどけき 春の日に、しづ心なく 花の散るらむ (ひさかたの ひかりのどけき はるのひに、しづごころなく はなのちるらむ) 現代語訳 日の光がやわらかな春の日に、なぜ落ち着いた心もなく桜の花は散るのだろう。 34 藤原興風 ふじわらのおきかぜ 原文 誰をかも 知る人にせむ 高砂の、松もむかしの 友ならなくに (たれをかも しるひとにせむ たかさごの、まつもむかしの ともならなくに) 現代語訳 いったい誰を本当の友人にしようか。 あの高砂の松も古いとはいえ、昔からの私の友人というわけではないのだ。 35 紀貫之 きのつらゆき 原文 人はいさ 心も知らず ふるさとは、花ぞむかしの 香ににほひける (ひとはいさ こころもしらず ふるさとは、はなぞむかしの かににほひける) 現代語訳 人のほうは、心が変わったのか、さあ分かりません。 昔なじみのこの里では、花が昔の通りの香りで匂っていることです。 36 清原深養父 きよはらのふかやぶ 原文 夏の夜は まだよひながら 明けぬるを、雲のいづこに 月やどるらむ (なつのよは まだよひながら あけぬるを、くものいづこに つきやどるらむ) 現代語訳 夏の夜は、まだ宵でありながら明けてしまうが、(西の空に沈むひまなどないはずだから)いったい雲のどのあたりに、月は宿をとっているのだろうか。 37 文屋朝康 ふんやのあさやす 原文 白露に 風の吹きしく 秋の野は、つらぬきとめぬ 玉ぞ散りける (しらつゆに かぜのふきしく あきののは、つらぬきとめぬ たまぞちりける) 現代語訳 白露に風がしきりに吹きつける秋の野は、まるで糸に貫きとめない玉を散らしたようだ。 38 右近 うこん 原文 忘らるる 身をば思はず 誓ひてし、人の命の 惜しくもあるかな (わすらるる みをばおもはず ちかひてし、ひとのいのちの をしくもあるかな) 現代語訳 あなたに忘れられる我が身のことは何ともおもわないが、心変わりしないと誓ったあなたの命が、誓いを破った罰で失われることがもったいなくも思われることだ。 39 参議等 さんぎひとし 原文 浅茅生の をののしの原 しのぶれど、あまりてなどか 人の恋しき (あさぢふの をののしのはら しのぶれど、あまりてなどか ひとのこひしき) 現代語訳 浅茅の生えている野原の篠原よ、その「しの」ではないが、いくら耐えしのんでも、こらえきれないほど、どうしてあなたが恋しいのか。 40 平兼盛 たいらのかねもり 原文 しのぶれど 色に出でにけり わが恋は、ものや思ふと 人の問ふまで (しのぶれど いろにいでにけり わがこひは、ものやおもふと ひとのとふまで) 現代語訳 隠しても顔色に出てしまった、私の恋は。 「物思いをしているのか」と人が尋ねるほどに。 41 壬生忠見 みぶのただみ 原文 恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり、人知れずこそ 思ひそめしか (こひすてふ わがなはまだき たちにけり、ひとしれずこそ おもひそめしか) 現代語訳 「恋をしている」という私の評判は早くも立ってしまった。 人知れず心ひそかに思い初めたのに。 42 清原元輔 きよはらのもとすけ 原文 契りきな かたみに袖を しぼりつつ、末の松山 波こさじとは (ちぎりきな かたみにそでを しぼりつつ、すゑのまつやま なみこさじとは) 現代語訳 心変わりすることはあるまいと、あなたと約束いたしましたのに。 お互いに涙で濡れた袖をしぼりながら、「末の松山を波が越えることはあるまい」と。 43 権中納言敦忠 ごんちゅうなごんあつただ 原文 逢ひ見ての 後の心に くらぶれば、昔はものを 思はざりけり (あひみての のちのこころに くらぶれば、むかしはものを おもはざりけり) 現代語訳 あなたにお逢いして契りを結んでから後の、恋しい心に比べると、それ以前は何の物思いもしなかったと同じことだ。 44 中納言朝忠 ちゅうなごんあさただ 原文 逢ふことの 絶えてしなくは なかなかに、人をも身をも うらみざらまし (あふことの たえてしなくは なかなかに、ひとをもみをも うらみざらまし) 現代語訳 逢うということがまったく期待できないならば、もうあきらめてしまって、そうすればかえって、相手の無情さも自分の不運さも、恨むことがないだろうに。 45 謙徳公 けんとくこう 原文 あはれとも いふべき人は 思ほえで、身のいたづらに なりぬべきかな (あはれとも いふべきひとは おもほえで、みのいたづらに なりぬべきかな) 現代語訳 たとえ恋焦がれて死んだとしても、私を「ああ、かわいそうだ」と言ってくれそうな人は思い浮かばず、きっと私はむなしく死んでしまうのだろうな。 46 曽祢好忠 そねのよしただ 原文 由良のとを わたる舟人 かぢをたえ、ゆくへも知らぬ 恋の道かな (ゆらのとを わたるふなびと かぢをたえ、ゆくへもしらぬ こひのみちかな) 現代語訳 由良の水路を漕いで渡る舟人がかじを失って困りはてるように、たよりとする人を失って行方もわからない恋の道であることだ。 47 恵慶法師 えぎょうほうし 原文 八重むぐら しげれる宿の さびしきに、人こそ見えね 秋は来にけり (やへむぐら しげれるやどの さびしきに、ひとこそみえね あきはきにけり) 現代語訳 たくさんの雑草が生えている宿で、荒れはてているように感じられる宿に、人は見えないが、秋はやってきたのだ。 48 源重之 みなもとのしげゆき 原文 風をいたみ 岩うつ波の おのれのみ、砕けてものを 思ふころかな (かぜをいたみ いはうつなみの おのれのみ、くだけてものを おもふころかな) 現代語訳 風が強いので、岩は全く動じずに、岩にぶつかる波だけがくだけちるように、あなたは全く心を動かさずに自分だけが、心もくだけるばかりに胸のうちで思いにふけるこのごろであるよ。 49 大中臣能宣朝臣 おおなかとみのよしのぶあそん 原文 みかきもり 衛士のたく火の 夜はもえ、昼は消えつつ ものをこそ思へ (みかきもり ゑじのたくひの よるはもえ、ひるはきえつつ ものをこそおもへ) 現代語訳 内裏 だいり の御垣守 みかきもり である衛士の焚く火のように、夜は恋の思いに燃えて、昼は心も消え入りそうになって、毎日のように思いわずらっていることだ。 50 藤原義孝 ふじわらのよしたか 原文 君がため 惜しからざりし 命さへ、ながくもがなと 思ひけるかな (きみがため をしからざりし いのちさへ、ながくもがなと おもひけるかな) 現代語訳 あなたに逢うために、惜しくはないと思った命までも、こうしてお逢いできたあとは、長く生きていたいと思われることです。 52 藤原道信朝臣 ふじわらのみちのぶあそん 原文 明けぬれば 暮るるものとは 知りながら、なほ恨めしき 朝ぼらけかな (あけぬれば くるるものとは しりながら、なほうらめしき あさぼらけかな) 現代語訳 「夜が明けるといつも日が暮れて、そして、あなたに逢えるのだ」とは知っていながら、やはり恨めしいのは(恋人と別れる時間の)夜が明ける頃であるよ。 53 右大将道綱母 うだいしょうみちつなのはは 原文 嘆きつつ ひとりぬる夜の 明くる間は、いかに久しき ものとかは知る (なげきつつ ひとりぬるよの あくるまは、いかにひさしき ものとかはしる) 現代語訳 あなたが来ないのを嘆きながら、一人で寝る夜が明けるまでの間は、どれほど長いものなのか、あなたは知っているだろうか、いや、知らないだろう。 54 儀同三司母 ぎどうさんしのはは 原文 忘れじの 行く末までは かたければ、今日をかぎりの 命ともがな (わすれじの ゆくすゑまでは かたければ、けふをかぎりの いのちともがな) 現代語訳 あなたが私を忘れまいとおっしゃる、その遠い将来のことまでは、頼みにしがたいことなので、こうしてお逢いしている今日かぎりの命であってほしいものです。 55 大納言公任 だいなごんきんとう 原文 滝の音は 絶えて久しく なりぬれど、名こそ流れて なほ聞こえけれ (たきのおとは たえてひさしく なりぬれど、なこそながれて なほきこえけれ) 現代語訳 滝の流れ落ちる音は、聞えなくなってから長い時間が経ったが、その評判は世間に流れて今も知られている。 56 和泉式部 いずみしきぶ 原文 あらざらむ この世のほかの 思ひ出に、今ひとたびの 逢ふこともがな (あらざらむ このよのほかの おもひでに、いまひとたびの あふこともがな) 現代語訳 この世からいなくなってしまうので、思い出にもう一度あなたにお逢いしたいのです。 57 紫式部 むらさきしきぶ 原文 巡りあひて 見しやそれとも わかぬ間に、雲がくれにし 夜半の月かな (めぐりあひて みしやそれとも わかぬまに、くもがくれにし よはのつきかな) 現代語訳 久々に再会して、昔見た面影かどうかも見分けがつかない間に、雲にかくれた夜の月ではないけれど、帰ってしまったあの人よ。 58 大弐三位 だいにのさんみ 原文 有馬山 猪名の笹原 風吹けば、いでそよ人を 忘れやはする (ありまやま ゐなのささはら かぜふけば、いでそよひとを わすれやはする) 現代語訳 有馬山にほど近い猪名の笹原に風が吹くと、笹の葉がそよそよと音をたてるように、さあ、そうですよ、あなたのことを忘れることがありましょうか、いや、けっして忘れません。 59 赤染衛門 あかぞめえもん 原文 やすらはで 寝なましものを 小夜ふけて、かたぶくまでの 月を見しかな (やすらはで ねなましものを さよふけて、かたぶくまでの つきをみしかな) 現代語訳 あなたが来ないと知っていたら、ためらわずに寝てしまったのですが、あなたをお待ちして、夜が更けて西の空にかたむくほどの月を見てしまったことです。 60 小式部内侍 こしきぶのないし 原文 大江山 いくのの道の 遠ければ、まだふみも見ず 天の橋立 (おほえやま いくののみちの とほければ、まだふみもみず あまのはしだて) 現代語訳 大江山を越え、生野を通って行く道のりが遠いので、母の和泉式部がいる天橋立へ行ったことはまだありませんし、母からの手紙をまだ見ておりません。 61 伊勢大輔 いせのたいふ 原文 いにしへの 奈良の都の 八重桜、今日九重に 匂ひぬるかな (いにしへの ならのみやこの やへざくら、けふここのへに にほひぬるかな) 現代語訳 昔の奈良の都に咲いた八重桜が、今日はこの宮中に美しく咲いたことだ。 62 清少納言 せいしょうなごん 原文 夜をこめて 鳥のそらねは はかるとも、よに逢坂の 関は許さじ (よをこめて とりのそらねは はかるとも、よにあふさかの せきはゆるさじ) 現代語訳 夜が深いうちに、鶏の鳴きまねをしてだまそうとしても、函谷関で通行が許されたのとは異なって、私があなたと逢うという、その逢坂の関は、決してお通りになれますまい。 63 左京大夫道雅 さきょうのだいぶみちまさ 原文 今はただ 思ひ絶えなむ とばかりを、人づてならで 言ふよしもがな (いまはただ おもひたえなむ とばかりを、ひとづてならで いふよしもがな) 現代語訳 逢っていただけない今となっては、「あなたに対する思いもきっと途切れさせてしまいましょう」とだけ、人づてではなく、直接お目にかかって言う方法があればなあ。 64 権中納言定頼 ごんちゅうなごんさだより 原文 朝ぼらけ 宇治の川霧 たえだえに、あらはれわたる 瀬々の網代木 (あさぼらけ うぢのかはぎり たえだえに、あらはれわたる せぜのあじろぎ) 現代語訳 夜がほんのりと明けて、物がほのかに見える頃、宇治川にたちこめた霧の切れ間切れ間から、一面にあらわれる浅瀬のあちらこちらの網代であるよ。 65 相模 さがみ 原文 恨みわび ほさぬ袖だに あるものを、恋に朽ちなむ 名こそ惜しけれ (うらみわび ほさぬそでだに あるものを、こひにくちなむ なこそをしけれ) 現代語訳 うらみにうらんで、もはやうらむ気力すら失って、涙でかわくひまもない袖さえくちおしく思われるのに、恋の評判のためにきっと朽ちてしまうであろう私の名がもったいないことだ。 66 前大僧正行尊 さきのだいそうじょうぎょうそん 原文 もろともに あはれと思へ 山桜、花よりほかに 知る人もなし (もろともに あはれとおもへ やまざくら、はなよりほかに しるひともなし) 現代語訳 私が花をなつかしく思うように、私をなつかしく思ってくれ、山桜よ。 花以外に私の心を理解する人はいないのだ。 67 周防内侍 すおうのないし 原文 春の夜の 夢ばかりなる 手枕に、かひなく立たむ 名こそ惜しけれ (はるのよの ゆめばかりなる たまくらに、かひなくたたむ なこそをしけれ) 現代語訳 春の夜の夢のようにはかないものとして、あなたの腕を枕にお借りすることによって、つまらなくも知れわたるような我が浮名 うきな がもったいなく思われることです。 68 三条院 さんじょういん 原文 心にも あらでうき世に ながらへば、恋しかるべき 夜半の月かな (こころにも あらでうきよに ながらへば、こひしかるべき よはのつきかな) 現代語訳 本心とはちがって、このつらい世の中に生きながらえていたならば、今夜のこの月が、きっと恋しく思い出されるだろうなあ。 69 能因法師 のういんほうし 原文 あらし吹く 三室の山の もみぢ葉は、龍田の川の にしきなりけり (あらしふく みむろのやまの もみぢばは、たつたのかはの にしきなりけり) 現代語訳 嵐が吹いて三室の山の紅葉の葉は散って、竜田川の水の流れは錦のように彩られている。 70 良暹法師 りょうぜんほうし 原文 さびしさに 宿を立ち出でて ながむれば、いづこもおなじ 秋の夕暮れ (さびしさに やどをたちいでて ながむれば、いづこもおなじ あきのゆふぐれ) 現代語訳 さびしさのために、住まいを出て、あたりをながめると、どこも同じようにわびしい秋の夕暮れであるよ。 71 大納言経信 だいなごんつねのぶ 原文 夕されば 門田の稲葉 おとづれて、葦のまろやに 秋風ぞ吹く (ゆふされば かどたのいなば おとづれて、あしのまろやに あきかぜぞふく) 現代語訳 夕方になると、門前の田の稲の葉に音を立てさせ、葦の仮小屋に秋風が吹いてくるのだ。 72 祐子内親王家紀伊 ゆうしないしんのうけのきい 原文 音に聞く 高師の浜の あだ波は、かけじや袖の 濡れもこそすれ (おとにきく たかしのはまの あだなみは、かけじやそでの ぬれもこそすれ) 現代語訳 評判の高い高師の浜のいたずらに立ち騒ぐ波ではないけれど、浮気者のあなたを心に掛けることはいたしません。 涙で袖を濡らすことになるといけないから。 73 権中納言匡房 ごんちゅうなごんまさふさ 原文 高砂の 尾の上の桜 咲きにけり、外山の霞 たたずもあらなむ (たかさごの をのへのさくら さきにけり、とやまのかすみ たたずもあらなむ) 現代語訳 小高い山の上に桜が咲いたことだ。 まわりの人里に近い山々の霞は、どうか立たないでいてほしいものだ。 74 源俊頼朝臣 みなもとのとしよりあそん 原文 うかりける 人を初瀬の 山おろしよ、はげしかれとは 祈らぬものを (うかりける ひとをはつせの やまおろしよ、はげしかれとは いのらぬものを) 現代語訳 つれなくなった人を、初瀬の山おろしよ、その風がはげしく吹きつけるようにあの人がますますつれない態度をとるようにとは、祈らなかったのだが。 75 藤原基俊 ふじわらのもととし 原文 契りおきし させもが露を 命にて、あはれ今年の 秋もいぬめり (ちぎりおきし させもがつゆを いのちにて、あはれことしの あきもいぬめり) 現代語訳 お約束くださったお言葉、させも草の露のようにはかない言葉をたよりに、命長らえましたが、ああ今年の秋も去って行くようです。 77 崇徳院 すとくいん 原文 瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の、われても末に 逢はむとぞ思ふ (せをはやみ いはにせかるる たきがはの、われてもすゑに あはむとぞおもふ) 現代語訳 川の浅い所は流れが速いので、岩にせき止められる急流が二つに分かれても最後には一つになるように、いつかは一緒になろうと思うのだ。 78 源兼昌 みなもとのかねまさ 原文 淡路島 通ふ千鳥の 鳴く声に、幾夜ねざめぬ 須磨の関守 (あはぢしま かよふちどりの なくこゑに、いくよねざめぬ すまのせきもり) 現代語訳 淡路島からわたってくる千鳥の鳴く声に、幾晩目を覚ましたことか、須磨の関所の番人よ。 79 左京大夫顕輔 さきょうのだいぶあきすけ 原文 秋風に たなびく雲の 絶え間より、もれ出づる月の 影のさやけさ (あきかぜに たなびくくもの たえまより、もれいづるつきの かげのさやけさ) 現代語訳 秋風に吹かれてたなびく雲の切れ間から漏れ出る月の光がはっきりとしている。 80 待賢門院堀河 たいけんもんいんのほりかわ 原文 ながからむ 心も知らず 黒髪の、乱れて今朝は ものをこそ思へ (ながからむ こころもしらず くろかみの、みだれてけさは ものをこそおもへ) 現代語訳 私に対するお心が長く続くかもわからず、お逢いして別れた今朝の私の心は、黒髪のように乱れて思い悩むことです。 81 後徳大寺左大臣 ごとくだいじのさだいじん 原文 ほととぎす 鳴きつるかたを 眺むれば、ただ有明の 月ぞ残れる (ほととぎす なきつるかたを ながむれば、ただありあけの つきぞのこれる) 現代語訳 ほととぎすが鳴いた方角に目を向けると、ただ夜明けの月だけが空に残っていることだ。 82 道因法師 どういんほうし 原文 思ひわび さても命は あるものを、憂きに堪へぬは 涙なりけり (おもひわび さてもいのちは あるものを、うきにたへぬは なみだなりけり) 現代語訳 つれない恋人を思いつづけて、もはや物思いにふける気力すら失っても、それでも命はあるのだが、つらさにこらえきれないのは涙で、たえずこぼれ落ちつづけることだ。 83 皇太后宮大夫俊成 こうたいごうぐうのだいぶしゅんぜい 原文 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る、山の奥にも 鹿ぞ鳴くなる (よのなかよ みちこそなけれ おもひいる、やまのおくにも しかぞなくなる) 現代語訳 世の中よ、ここにはつらいことから逃れられるような道などないのだ。 思いつめて入った山の奥にも、鹿が物悲しく鳴いているのが聞こえる。 84 藤原清輔朝臣 ふじわらのきよすけあそん 原文 ながらへば またこの頃や しのばれむ、憂しと見し世ぞ 今は恋しき (ながらへば またこのごろや しのばれむ、うしとみしよぞ いまはこひしき) 現代語訳 生き長らえたら、やはり今この時が思い出されるのだろうか。 つらいと思った世の中も、今ではなつかしく思われるのだから。 85 俊恵法師 しゅんえほうし 原文 夜もすがら もの思ふ頃は 明けやらで、ねやのひまさへ つれなかりけり (よもすがら ものおもふころは あけやらで、ねやのひまさへ つれなかりけり) 現代語訳 一晩中、胸のうちでつれない人を思いつづけるころは、「早く朝になってほしい」と思うけれど明けきらずに、恋人だけでなく、なかなか白んでこない寝室の戸のすきままでもが、無情に思われることだ。 86 西行法師 さいぎょうほうし 原文 なげけとて 月やは物を 思はする、かこち顔なる わが涙かな (なげけとて つきやはものを おもはする、かこちがほなる わがなみだかな) 現代語訳 「嘆け」と言って、月は私に物思いをさせるのか、いや、そうではない。 つれない恋人のせいだ。 それなのに月のせいにして、うらめしそうな顔つきで流れ落ちる私の涙であることだ。 87 寂蓮法師 じゃくれんほうし 原文 むらさめの 露もまだひぬ まきの葉に、霧たちのぼる 秋の夕暮れ (むらさめの つゆもまだひぬ まきのはに、きりたちのぼる あきのゆふぐれ) 現代語訳 にわか雨の露も、まだかわかない真木の葉のあたりに、霧が立ちのぼる秋の夕暮れだ。 88 皇嘉門院別当 こうかもんいんのべっとう 原文 難波江の 葦のかりねの ひとよゆゑ、みをつくしてや 恋ひわたるべき (なにはえの あしのかりねの ひとよゆゑ、みをつくしてや こひわたるべき) 現代語訳 難波に生えている葦 あし の、その刈り根の一節 ひとよ のように短い一夜をともに過ごしたせいで、澪標 みおつくし ではないけれど、この身をささげつくして恋をしつづけなければならないのだろうか。 89 式子内親王 しょくしないしんのう 原文 玉の緒よ 絶えなば絶えね 長らへば、忍ぶることの 弱りもぞする (たまのをよ たえなばたえね ながらへば、しのぶることの よわりもぞする) 現代語訳 私の命よ、絶えてしまうならば絶えてしまえ。 生き長らえていたら、胸の内に秘める力が弱まって、秘めていられなくなってしまうと困るから。 90 殷富門院大輔 いんぷもんいんのたいふ 原文 見せばやな 雄島のあまの 袖だにも、濡れにぞ濡れし 色は変はらず (みせばやな をじまのあまの そでだにも、ぬれにぞぬれし いろはかはらず) 現代語訳 あなたにお見せしたいものだ。 雄島の海人の袖さえ、いくら濡れても色は変わらない。 それなのに、血の涙に濡れて色が変わってしまった私の袖を。 91 後京極摂政前太政大臣 ごきょうごくせっしょうさきのだいじょうだいじん 原文 きりぎりす 鳴くや霜夜の さむしろに、衣かたしき ひとりかも寝む (きりぎりす なくやしもよの さむしろに、ころもかたしき ひとりかもねむ) 現代語訳 こおろぎが鳴く霜の降りる寒い夜の、むしろの上に自分の片袖だけ敷いて、私はただひとり寝るのだろうか。 92 二条院讃岐 にじょういんのさぬき 原文 わが袖は 潮干に見えぬ 沖の石の、人こそ知らね かわく間もなし (わがそでは しほひにみえぬ おきのいしの、ひとこそしらね かわくまもなし) 現代語訳 私の袖は、干潮の時でも見えない沖の石のように、人は知らないが、涙にぬれてかわくひまもない。 93 鎌倉右大臣 かまくらのうだいじん 原文 世の中は 常にもがもな 渚こぐ、あまの小舟の 綱手かなしも (よのなかは つねにもがもな なぎさこぐ、あまのをぶねの つなでかなしも) 現代語訳 世の中は変わらないものであってほしい。 なぎさを漕ぐ漁師が小舟を綱でひいていく様子が悲しく感じられる。 94 参議雅経 さんぎまさつね 原文 み吉野の 山の秋風 小夜ふけて、ふるさと寒く 衣うつなり (みよしのの やまのあきかぜ さよふけて、ふるさとさむく ころもうつなり) 現代語訳 吉野山の秋風が夜ふけに吹き、古都、吉野には寒々ときぬたを打つ音が聞こえる。 95 前大僧正慈円 さきのだいそうじょうじえん 原文 おほけなく うき世の民に おほふかな、わがたつ杣に すみぞめの袖 (おほけなく うきよのたみに おほふかな、わがたつそまに すみぞめのそで) 現代語訳 身のほど知らずであるが、つらい世の中の人々を覆うのだ。 比叡山に住みはじめてから着ている僧衣の袖を。 96 入道前太政大臣 にゅうどうさきのだいじょうだいじん 原文 花さそふ あらしの庭の 雪ならで、ふりゆくものは 我が身なりけり (はなさそふ あらしのにはの ゆきならで、ふりゆくものは わがみなりけり) 現代語訳 花を誘って散らせる強風が吹く庭に、積もっている雪のような花びらではなく、老いていくのは私の身であることだ。 97 権中納言定家 ごんちゅうなごんていか 原文 来ぬ人を まつほの浦の 夕なぎに、焼くや藻塩の 身もこがれつつ (こぬひとを まつほのうらの ゆふなぎに、やくやもしほの みもこがれつつ) 現代語訳 いつまで経っても来ない恋人を待っております。 松帆の浦の風がやんだ夕方、その時に焼く藻塩のように、私の身も恋い焦がれながら。 98 従二位家隆 じゅにいいえたか 原文 風そよぐ ならの小川の 夕暮れは、みそぎぞ夏の しるしなりける (かぜそよぐ ならのをがはの ゆふぐれは、みそぎぞなつの しるしなりける) 現代語訳 風が吹いてそよそよと楢 なら の葉が鳴る、楢の小川(上賀茂神社の小川)の夕暮れは涼しくて、夏を忘れるほどだけれど、みそぎが行われているのが夏の証拠であることだ。 99 後鳥羽院 ごとばいん 原文 人も惜し 人も恨めし あぢきなく、世を思ふゆゑに もの思ふ身は (ひともをし ひともうらめし あぢきなく、よをおもふゆゑに ものおもふみは) 現代語訳 どうにもならないと世の中を思うために、あれこれと物思いにふける私にとっては、人がいとしくも、うらめしくも思われる。 100 順徳院 じゅんとくいん 原文 百敷や 古き軒端の しのぶにも、なほあまりある 昔なりけり (ももしきや ふるきのきばの しのぶにも、なほあまりある むかしなりけり) 現代語訳 宮中の古い軒端に生えている忍ぶ草ではないけれど、やはり偲びつくせないほど慕わしく思われる昔であることだ。 古典文法の基本を学ぶならこちらの記事をチェック 古典文法を基礎から勉強したい方はこちらの記事をご覧ください。

次の

ちょっと差がつく百人一首講座

百人一首

百人一首(ひゃくにんいっしゅ) 百人一首 花 紅葉 「小倉(おぐら)百人一首」 ともいいます。 平安時代末期から 鎌倉時代初期の頃の有名な歌人です。 天智天皇から定家の時代までの 優れた歌人100人の 短歌を選んだ、 いわばその時代までの 「ベスト短歌」が この「百人一首」になりました。 作成されたのは、鎌倉時代の 西暦1235年頃(今から約800年前)。 「文暦(ぶんりゃく)」とか 「嘉禎(かてい)」の 年号の頃です。 その山荘が小倉山にあったとのこと。 小倉山は渡月橋(とげつきょう)で 有名な京都の嵐山の近くにある山。 古今集の選者の一人 34.誰をかも 知る人にせむ 高砂の も昔の 友ならなくに (たれをかも しるひとにせむ たかさごの まつもむかしの ともならなくに) 「古今集」 藤原興風 (ふじわらのおきかぜ) 琴の名手 35.人はいさ 心も知らず 古里は ぞ昔の 香ににほひける (ひとはいさ こころもしらず ふるさとは はなぞむかしの かににほひける) 「古今集」 紀貫之(きのつらゆき) 868頃~946 = 「土佐日記」の作者。 古今集の選者の一人 36.夏の夜は まだ宵ながら 明けぬるを 雲のいづくに 月宿るらむ (なつのよは まだよひながら あけぬるを くものいづくに つきやどるらむ) 「古今集」 清原深養父 (きよはらのふかやぶ) = 「日本書記」編者の 舎人親王 (とねりしんのう) の子孫 37.白露に 風の吹きしく 秋の野は つらぬきとめぬ 玉ぞ散りける (しらつゆに かぜのふきしく あきののは つらぬきとめぬ たまぞちりける) 「古今集」 文屋朝康 (ふんやのあさやす) = の子 38.忘らるる 身をば思はず 誓ひてし 人の命の 惜しくもあるかな (わすらるる みをばおもはず ちかひてし ひとのいのちの おしくもあるかな) 「拾遺集」 右近(うこん) 女流歌人 39.浅茅生の 小野の篠原 忍ぶれど あまりてなどか 人の恋しき (あさぢふの をののしのはら しのぶれど あまりてなどか ひとのこひしき) 「後撰集」 参議等(さんぎひとし) 880~951 源希(まれ)の次男 40.忍ぶれど 色に出でにけり 我が恋は 物や思ふと 人の問ふまで (しのぶれど いろにいでにけり わがこひは ものやおもふと ひとのとふまで) 「拾遺集」 平兼盛 (たいらのかねもり) ~990 村上天皇の歌合せ会での 優勝者 __________________ 41.恋すてふ 我が名はまだき 立ちにけり 人知れずこそ 思ひそめしか (こひすてふ わがなはまだき たちにけり ひとしれずこそ おもひそめしか) 「拾遺集」 壬生忠見(みぶのただみ) = の子 村上天皇の歌合せ会での 準優勝者 42.契りきな かたみに袖を しぼりつつ 末の松山 波越さじとは (ちぎりきな かなみにそでを しぼりつつ すゑのまつやま なみこさじとは) 「後拾遺集」 清原元輔 (きよはらのもとすけ) 908~990 = の孫 = の父) 43.逢ひ見ての 後の心に くらぶれば 昔は物を 思はざりけり (あひみての のちのこころに くらぶれば むかしはものを おもはざりけり) 「拾遺集」 権中納言敦忠 (ごんちゅうなごんあつただ) 906~943 = 藤原時平の三男 = と親交 44.逢ふことの 絶えてしなくは なかなかに 人をも身をも 恨みざらまし (あふことの たえてしなくは なかなかに ひとをもみをも うらみざらまし) 「拾遺集」 中納言朝忠 (ちゅうなごんあさただ) 910~966 太っていた。 = の五男 45.あはれとも 言ふべき人は 思ほえで 身のいたづらに なりぬべきかな (あはれとも いふべきひとは おもほえで みのいたづらに なりぬべきかな) 「拾遺集」 謙徳公(けんとくこう) 924~972 = 藤原伊尹 (ふじわらのこれただ) = の孫 46.由良の門を 渡る舟人 梶を絶え 行方も知らぬ 恋の道かな (ゆらのとを わたるふなびと かぢをたえ ゆくへもしらぬ こひのみちかな) 「新古今集」 曽禰好忠(そねのよしただ) 丹後(北京都)の人 47. しげれる宿の さびしきに 人こそ見えね 秋は来にけり (やえむぐら しげれるやどの さびしきに ひとこそみえね あきはきにけり) 「拾遺集」 恵慶法師(えぎょうほうし) 播磨国(兵庫)の 国分寺の僧 48.風をいたみ 岩打つ波の おのれのみ くだけて物を 思ふころかな (かぜをいたみ いわうつなみの おのれのみ くだけてものを おもふころかな) 「詞花集」 源重之 (みなもとのしげゆき) 旅好き 49.御垣守 衛士のたく火の 夜は燃え 昼は消えつつ 物をこそ思へ (みかきもり ゑじのたくひの よるはもえ ひるはきえつつ ものをこそおもへ) 「詞花集」 大中臣能宣朝臣 (おおなかとみの よしのぶあそん) 921~991 = の祖父 50.君がため 惜しからざりし 命さへ 長くもがなと 思ひけるかな (きみがため をしからざりし いのちさへ ながくもがなと おもひけるかな) 「後拾遺集」 藤原義孝 (ふじわらのよしたか) 954~974 = の三男 __________________ 51.かくとだに えやはいぶきの さしも知らじな 燃ゆる思ひを (かくとだに えやはいぶきの さしもぐさ さしもしらじな もゆるおもひを) 「後拾遺集」 藤原実方朝臣 (ふじわらのさねかたあそん) ~998 = と親交 52.明けぬれば 暮るるものとは 知りながら なほ恨めしき 朝ぼらけかな (あけぬれば くるるものとは しりながら なほうらめしき あさぼらけかな) 「後拾遺集」 藤原道信朝臣 (ふじわらのみちのぶあそん) 972~994 = の孫 53.嘆きつつ ひとり寝る夜の 明くる間は いかに久しき ものとかは知る (なげきつつ ひとりぬるよの あくるまは いかにひさしき ものとかはしる) 「拾遺集」 右大将道綱母 (うだいしょうみちつなのはは) 937頃~995 = 「蜻蛉日記 (かげろうにっき)」 の作者 54.忘れじの 行末までは かたければ 今日を限りの 命ともがな (わすれじの ゆくすゑまでは かたければ きょうをかぎりの いのちともがな) 「新古今集」 儀同三司母 (ぎどうさんしのはは) ~996 藤原道隆と結婚 55.滝の音は 絶えて久しく なりぬれど 名こそ流れて なほ聞こえけれ (たきのおとは たえてひさしく なりぬれど なこそながれて なほきこえけれ) 「拾遺集」 大納言公任 (だいなごんきんとう) 966~1041 和歌・漢詩・管弦に秀でた 56.あらざらむ この世のほかの 思ひ出に いまひとたびの 逢ふこともがな (あらざらむ このよのほかの おもひでに いまひとたびの あふこともがな) 「後拾遺集」 和泉式部(いずみしきぶ) 976頃~? 女流歌人 = の母 57.めぐり逢ひて 見しやそれとも わかぬ間に 雲隠れにし 夜半の月かな (めぐりあひて みしやそれとも わかぬまに くもがくれにし よはのつきかな) 「新古今集」 紫式部(むらさきしきぶ) 970頃~1014頃 = 「源氏物語」の 作者として有名 58.有馬山 猪名の笹原 風吹けば いでそよ人を 忘れやはする (ありまやま ゐなのささはら かぜふけば いでそよひとを わすれやはする) 「後拾遺集」 大弐三位 (だいにのさんみ) = の娘 59.やすらはで 寝なましものを 小夜更けて かたぶくまでの 月を見しかな (やすらはで ねなましものを さよふけて かたぶくまでの つきをみしかな) 「後拾遺集」 赤染衛門 (あかぞめえもん) 女流歌人 60.大江山 いく野の道の 遠ければ まだふみもみず 天の橋立 (おおえやま いくののみちの とおければ まだふみもみす あまのはしだて) 「金葉集」 小式部内侍 (こしきぶのないし) ~1025 = の娘 __________________ 61.いにしへの 奈良の都の けふ九重に にほひぬるかな (いにしへの ならのみやこの やへざくら けふここのへに にほひぬるかな) 「詞花集」 伊勢大輔(いせのだいふ) 女流歌人 62.夜をこめて 鳥の空音は はかるとも よに逢阪の 関はゆるさじ (よをこめて とりのそらねは はかるとも よにあふさかの せきはゆるさじ) 「後拾遺集」 清少納言 (せいしょうなごん) 「枕草子」の作者 = の娘 = と親交 63.今はただ 思ひ絶えなむ とばかりを 人づてならで いふよしもがな (いまはただ おもひたえなむ とばかりを ひとづてならで いふよしもがな) 「後拾遺集」 左京大夫道雅 (さきょうのだいぶみちまさ) 992~1054 64.朝ぼらけ 宇治の川霧 たえだえに あらはれわたる 瀬々の網代木 (あさぼらけ うぢのかはぎり たえだえに あらはれわたる せぜのあじろぎ) 「千載集」 権中納言定頼 (ごんちゅうなごんさだより) 995~1045 = の長男 65.恨みわび ほさぬ袖だに あるものを 恋に朽ちなむ 名こそ惜しけれ (うらみわび ほさぬそでだに あるものを こひにくちなむ なこそをしけれ) 「後拾遺集」 相模(さがみ) 平安中期の歌人 66.もろともに あはれと思へ 花よりほかに 知る人もなし (もろともに あはれとおもへ やまざくら はなよりほかに しるひともなし) 「金葉集」 前大僧正行尊 (さきのだいそうじょう ぎょうそん) 1055~1135 山伏修験の行者 67.春の夜の 夢ばかりなる 手枕に かひなく立たむ 名こそ惜しけれ (はるのよの ゆめばかりなる たまくらに かひなくたたむ なこそをしけれ) 「千載集」 周防内侍 (すおうのないし) 女流歌人 68.心にも あらでうき世に ながらへば 恋しかるべき 夜半の月かな (こころにも あらでうきよに ながらへば こひしかるべき よはのつきかな) 「後拾遺集」 三条院(さんじょういん) 976~1017 第67代天皇 69.嵐吹く 三室の山の は 龍田の川の 錦なりけり (あらしふく みむろのやまの もみぢばは たつたのかわの にしきなりけり) 「後拾遺集」 能因法師 (のういんほうし) 988~? 生涯漂白の旅人 70.さびしさに 宿をたち出でて ながむれば いづくも同じ 秋の夕暮 (さびしさに やどをたちいでて ながむれば いづくもおなじ あきのゆふぐれ) 「後拾遺集」 良ぜん法師 (りょうぜんほうし) 謎の法師 __________________ 71.夕されば 門田の稲葉 おとづれて 蘆のまろやに 秋風ぞ吹く (ゆふされば かどたのいなば おとづれて あしのまろやに あきかぜぞふく) 「金葉集」 大納言経信 (だいなごんつねのぶ) 1016~1097 和歌・漢詩・管弦に秀でた 72.音に聞く 高師の浜の あだ波は かけじや袖の ぬれもこそすれ (おとにきく たかしのはまの あだなみは かけじやそでの ぬれもこそすれ) 「金葉集」 祐子内親王家紀伊 (ゆうしない しんのうけのきい) 女流歌人 73.高砂の 尾上の 咲きにけり 外山の霞 立たずもあらなむ (たかさごの をのへのさくら さきにけり とやまのかすみ たたずもあらなむ) 「後拾遺集」 権中納言匡房 (ごんちゅうなごん まさふさ) 1041~1111 神童、博学といわれた。 承久の乱で 佐渡ケ島に流される。 __________________ __________________ Copyright C Since 1997 Atsushi Yamamoto. All rights reserved.

次の