入江 若葉。 入江若葉の映画作品

入江若葉とは

入江 若葉

最終更新: 2020年7月16日 04:25• 出身地 東京都港区• 生年月日 1943年05月12日• 年齢 77歳• 星座 おうし座• 血液型 A型• 略歴 往年の人気女優・入江たか子を母に持ち、1961年『宮本武蔵』のヒロイン役で芸能界デビュー。 東映京都を退社後は、テレビドラマで活躍する。 1986年には、演劇集団江戸組を主宰した。 入江若葉の出演映画 2019年 「海辺の映画館 キネマの玉手箱」 2017年 「花筐 HANAGATAMI」 2007年 「結婚しようよ」 「転校生 -さよなら あなた-」 1999年 「あの、夏の日 ~とんでろ じいちゃん~」 1998年 「風の歌が聴きたい」 「マヌケ先生」 1994年 「女ざかり」 屋台の女将役で出演 1989年 「北京的西瓜 ぺきんのすいか 」 1988年 「異人たちとの夏」 1986年 「野ゆき山ゆき海べゆき」 1985年 「さびしんぼう」 「姉妹坂」 1984年 「廃市」 「天国にいちばん近い島」 マダム・ヒロコ役で出演 「天国にいちばん近い島」 1983年 「時をかける少女」 深町たつ役で出演 1982年 「転校生」 1966年 「丹下左膳 飛燕居合斬り」 1965年 「宮本武蔵 巌流島の決斗」 お通役で出演 「日本侠客伝 浪花篇」 「股旅 三人やくざ」 「冷飯とおさんとちゃん」 1964年 「ジャコ萬と鉄」 「宮本武蔵 一乗寺の決斗」 お通役で出演 1963年 「宮本武蔵 二刀流開眼」 お通役で出演 1962年 「宮本武蔵 般若坂の決斗」 お通役で出演 1961年 「宮本武蔵」 お通役で出演 入江若葉の出演ドラマやテレビ出演情報 2011年 「再生巨流」 1991年 「ふたり」 真子の母役で出演 1987年 「赤い乗馬服の美女 江戸川乱歩の「何者」」 1973年 「子連れ狼 第2期 」 お妙役で出演 1966年 「渥美清の泣いてたまるか」 入江若葉の関連ニュース.

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入江若葉の映画作品

入江 若葉

来歴・人物 [ ] 専門課程美術学科卒業。 母は、元女優の。 、時代から初期にかけての人気女優入江たか子と、当時の俳優だった(1901年 - 没年不詳)の娘として、東京・港区に生まれる。 人気商売の両親の結婚は、10年間極秘であったが、父・田村が俳優業を引退し、母・たか子もの映画製作会社「」をたたみと専属契約して東京に戻り、若葉が生まれるのを期に入籍した。 母のたか子は、・の当主で議員の(1869年 - 1922年)の長女で、戦前の・は母の兄なので、若葉にとっては伯父に当たる。 女優を引退し、に開いた「バー・いりえ」でマダムをつとめる母の手で、赤坂の家で育てられた。 母も通った東京・の文化学院を卒業、、18歳でに入社。 かつて、母を発掘し主役デビューを飾らせた監督の手により、同年公開の主演映画『』のヒロイン「お通」役で芸能界デビュー、「東映京都のお姫様女優」となった。 1966年、23歳のとき、監督の錦之助主演映画『』を最後に東映京都を退社した。 以後もっぱらの女優となり、活躍した。 1975年、32歳のとき、テレビ映画部・製作、系の『』()をもってしばし休業、夫や母と共にとんかつ屋を営む。 1980年、37歳のときに、やはり同枠のテレビ映画『』(製作・関西テレビ)で復帰する。 また映画にも1982年に監督の『』で16年振りに復帰、以降大林作品を中心に活躍している。 また、当時すでに引退していた母入江たか子と、大林監督の『』(1983年)や『100回記念作品・麗猫伝説』(同)で母子共演を果たした。 には演劇集団『江戸組』を主宰した。 出演 [ ] 映画 [ ]• (1961年)- お通 役• (1962年)- お通 役• 若様やくざ 江戸っ子天狗(1963年)- おさよ 役• (1963年)-お通 役• (1963年)- お静 役• (1964年)- 牧場の少女 役• (1964年)- お通 役• 大喧嘩(1964年)- おゆき 役• 忍び大名(1964年)- 千鶴 役• 黒の盗賊(1964年)- 挟露姫 役• (1965年)- お千代 役• 股旅 三人やくざ(1965年)- おふみ 役• (1965年)- 深見ぬい 役• (1965年)- お通 役• 日本侠客伝 浪花篇(1965年)- 加代 役• 十七人の忍者 大血戦(1966年)- 甲賀結香 役• (1966年)- 萩乃 役• (1980年)- 春 役• (1982年)- 平松礼子 役• (1982年)- 一美の母・千恵 役• (1983年) - 芳山紀子 役• (1983年)- 秀 役• (1984年)- マダム・ヒロコ 役• (1985年)- PTA会長 役• (1985年)- 綾小路良江 役• まってました転校生! (1985年)• (1985年)- 麗子の母 役• (1986年)• (1986年)- 須藤の母 役• (1986年)- あき 役• (1988年)- 今村綾子 役• (1988年)- 満江 役• 菩提樹 リンデンバウム(1988年)- 神崎衿子 役• (1988年)- 玉城治子 役• (1989年)- 春三の姉 役• さわこの恋(1990年)- 藤田恵子 役• (1991年)- 桜子 役• (1991年)- 真子の母 役• (1991年)- 小野恵美子 役• ふたりだけのアイランド(1991年)- 清水葉子 役• (1992年)- 白井志乃 役• 彼女が結婚しない理由(1992年)- 井村君江 役• 私の心はパパのもの(1992年)• (1993年)- 頼子の母 役• (1995年)- 旅館の女将 役• (1995年)- 二階堂弘子 役• (1998年)- とき 役• 麗猫伝説 劇場版(1998年)- 竜造寺暁子 役• 風の歌が聴きたい(1998年)- 早瀬照子 役• (1999年)- 小林雪路 役• 洗濯機は俺にまかせろ(1999年)- 片桐千栄子 役• マヌケ先生(2000年)- 馬場五十鈴 役• (2003年)- 古寺寛子 役• (2004年)- 伊沢総子 役• (2007年) - バーのマダム 役• (2007年)- 一美の祖母 役• (2008年)- 石井さん 役• (2010年)- 笹島の母 役• (2011年)- 絵本を読むおばあさん 役• (2017年12月16日公開) - 江馬家の婆や 役• (2020年公開予定) - お通 役 テレビドラマ [ ]• (フジテレビ)• 第4シリーズ 第10話「群狼」(1966年) - おえい• 第5シリーズ 第13話「不毛の掟」(1967年) - お常• (1967年、) - お妙• レギュラー(元スリのお由役)(1969年、)• 第160話「麝香が匂う」(1969年、) - おみつ• 鬼平犯科帳 第1シリーズ 第34話「むかしの男」• 第11話(1973年、CX) - こゆき• 第6話「狙われた人妻」(1974年)• 第17話 「探索大成功」(1974年) - お松• 第7話「一筆啓上 邪心が見えた」(1975年) - おちか• 第35話「金融札に手を出したのはお加代」 - おふみ• 第103話 「花の錦の三姉妹」(1976年、NTV)• (1980年、CX) - 生徒の母親• 第26話(最終回)「直次郎・暁に旅立つ」(1981年) - おろく• 10話『仇討無惨! 秘めた出生の謎』(1983年、テレビ東京)伊沢千世役• 風の歌が聴きたい• 第4話「剣に勝つ、医は仁術-高田-」(2010年11月1日、TBS) 舞台 [ ]• 特別公演「新版ねずみ小僧」• 花の生涯• 四人噺し• 弱法師• おえん CM [ ]• - - 、• 外部リンク [ ]• - (英語).

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入江若葉

入江 若葉

来歴 [ ] (現・)に生まれる。 の出身で父のは、議員。 (11年)、その父が亡くなり生活に困窮するも中学部に入学。 を習っていたが、で家は半壊し、手放さなければならなくなった。 映画界へ [ ] (2年)、文化学院を卒業後、京都撮影所の俳優で兄の(後に監督・脚本家)を頼って京都に移る。 同年、兄の友人で「エラン・ヴィタール小劇場」の主宰者に請われて女優としての舞台に立つ。 それを観たの目に留まり、その勧めに従い同年、日活に入社。 同年、内田監督の『けちんぼ長者』で映画デビュー。 華族出の入江の、突然の映画界デビューは、当時の世を騒然とさせた。 以後、の『激流』、内田の『生ける人形』、の『』などに主演し、たちまち、日活現代劇人気ナンバー1女優の地位につく。 (6年)、を主宰していたが、入江の現代劇での芸者役を見て「入江は時代劇に向いている」と認め、『元禄十三年』(監督)で相手役に抜擢。 時代劇初出演を果たした。 「入江ぷろ」の創設 [ ] (7年)、と提携して映画製作会社を創立。 当時、などスター男優が次々とを作っていたが、女優の独立プロも現代劇の独立プロも「入江ぷろ」が初めてであった。 この時代、入江たか子は日本映画界最高の位置にあった。 その第1作は溝口健二監督、共演による『満蒙建国の黎明』だった。 この作品は建国を背景にからヒントを得た超大作でを行い、半年の製作日数をかけた大々的なものだった。 この後、日活の俳優、と結婚し、のちにたか子の・となる。 田村が自らの人気を考えて結婚を公表せず、も入れない別居生活であったため、兄の恭長は田村を嫌い、映画界を辞める。 結婚10年後に子供が生まれ、これを機に法的にも結婚する。 (8年)、の名作『』をまた溝口監督で撮り、大好評となる。 ところが、溝口は一女優の入江ぷろだくしょん作品の監督ということに屈辱を感じていたため、強引に実体のない名前だけの「溝口プロダクション」という名前をその横に列記させてもらい体面を保っていた。 「滝の白糸」1933年(左)と入江たか子 続いて、(療養所)に勤務する美貌の看護師を演じた、原作の『』が空前の大ヒットとなる。 (10年)頃は人気の絶頂にあり、この年のの売り上げでは、1位が入江たか子、2位がであった。 しかし、(12年)にの人気小説を映画化した『』のヒットを限りに「入江ぷろだくしょん」は解散、と契約。 東宝へ [ ] 1937年(昭和13年)、の東宝入社記念映画『』(監督)に出演。 1941年(昭和16年)、『』(監督)に出演。 零落した美妓に扮し、泉鏡花の当たり狂言を原作とする「流れて動いて生きる、それが女というものでしょうか」との名ゼリフが評判となった。 下に相次ぐ兄3人の死に直面し、仕事に対する情熱も冷めかけ、は病気がちとなり、それに輪をかけるように主役の仕事も減っていった。 (25年)にはの宣告を受け、無理を押して仕事をしながら入院費を工面し、ようやくのことで(26年)末になり大手術を受け、命を取り留める。 大映京都へ [ ] 退院後は仕事をとることもままならなかったが、と年間4本の契約を結ぶ。 その大映に戦前主演であてた「映画」のリメイクの企画が持ち上がり、その主役の話が持ち込まれた。 生活のためと割り切り引き受け、(28年)、で『怪談佐賀屋敷』(監督)に主演する。 迫真の演技が受け映画は大当たり、次々と化け猫役が舞い込んだが、一方で「化け猫女優」のレッテルを貼られる。 更に(30年)、溝口監督の『』に出演。 先述のように、かつて入江ぷろだくしょんという一女優の独立プロに雇われの身であったことを恥じていたことから入江に反感を持っていた溝口は、入江の演技に執拗な駄目出しをした上、「そんな演技だから化け猫映画にしか出られないんだよ」とスタッフ一同の面前で口汚く罵倒するという嫌がらせを行った。 執拗ないじめに耐えきれなかった入江は降板、その後は女優として満足な役が与えられなくなった(も参照)。 (34年)、芸能界に見切りをつけ、に「バー・いりえ」を開き、実業界に転身する。 その後は娘の女優、の夫の店であるの店を手伝いながら余生を過ごした。 その間、の『』、の『』、の『』、同じく大林の『』に請われて出演し、話題となった。 娘の若葉によると、かつて化け猫を演じた姿を「女優の生き様として知って欲しい」と、若葉に往年の化け猫映画を進んで見せたという。 (7年)、のため死去。 人物・エピソード [ ] 愛称は「 おたか」。 入江の映画デビュー当時は「」という流行語ができたころで、によると、入江は「その代表とよばれたほど洋装が似合ったが、日本まげの振り袖姿も一段と美しかった」という。 時代劇デビュー作『元禄十三年』は、の招きによるが、この映画で千恵蔵は「おたかの八重歯、鼻にかかった声、共演どころか女房にしたいくらいだ」とすっかり入江に惚れ込んでしまい、好きなマージャンも忘れるほど思いつめ、日夜想い悩むほどだった。 稲垣監督も両者の間を取り持ったが、結局千恵蔵の思いは果たせずに終わり、翌年入江はと結婚している。 については、「とっても親切で、あの京都弁で優しくご注意されたことなど、いまでも耳に残っています」と語っている。 「『そりゃあ、おたかサンきついなァ』というのが口グセで、いつもそうおっしゃりながら、いろいろ丁寧に教えてくださったものです 」。 入江がデビューしたころは、女優がまつ毛をつけたりマスカラをつけることはまだ一般的でなかった時代で、メイク法や扮装は、男・女優ともに、すべて秘密にされていた。 入江は自分の眉毛をそり落とし、用意した幾種類もの眉毛を、役や表情に応じて変えていた。 これは秘密にされ、はずっとあとになってから人づてにこの技法を教えてもらったという。 出身の気品ある美貌と近代的なによって大スターとなり、「 銀幕の女王」「 日本嬢(ミス・ニッポン)」などと称えられた。 前・戦中の男性俳優にとって、彼女と共演することは役者冥利に尽きる最高の栄誉だったという。 からの移行期には台詞の発声と収録環境と録音には戸惑い、苦労を重ねたとされる。 家族の不幸や自身の病気によりは人気が下降し、映画の「女優」として名をはせた。 「怪猫五十三次」 1956年ポスター は、戦後に米軍のために催されたショーに日本国の命で出演しなければならなくなったが、被災し着るステージ衣装が無かった。 半べそをかいて途方に暮れる秀子を見かねた入江は、自分のレインコートをほどき、一晩で美しいロングドレスに仕立て直してくれたという。 容姿、品格、家柄と三拍子そろった入江を、・とともに 日本映画史上の三大美人だと述べている。 怪猫映画でのエピソード [ ] 入江によると、戦後出演した時代劇と言えば「怪猫映画」で、五本しか撮っていないが、盆・正月の興行で大当たりしたせいもあり、大変イメージが強かったという。 もともとは大映の社長が「入江にやらせると面白い」と考えたものだというが、「いくら大当たりしても、そりゃあいやでした。 みなさん三流映画というのですが、私は引き受けた以上、しっかりとやろう、手を抜いちゃいけない、とずいぶんと猫の研究をしました」といい、京都の有名な鮨屋に出かけ、猫の動作を覚えたり、「階段からポーンと飛び降りたとたんにもう歩いている」という動きをどう演技するか苦心したと語っている。 第一回目の『』では、監督から「そこで、すごみをだすのに、口の周りをペロッとなめるといい」と言われ、本番で紅ガラをなめたところ、含有成分の鉛、ヒ素の急性中毒を起こしてしまった。 入江は喉の渇きを覚えて苦しみだし、注射をしながら最後の立ち回りをした後、とうとう倒れてしまった。 医者から「もう一度なめていたら、つまり本番でNGをだしていると、あるいは死んでいたかもしれなかった」と言われ、「ゾッとしたものです」とこのときの様子を語っている。 またスゴミをだすため、夜中に池の鯉をつかまえ、パクッとかじるシーンがあった。 「リアルさをだすためにホントにガブッとやった。 いろいろな因果話があったというが、「今となってはどれも懐かしい思い出です」と当時を振り返っている。 おもな出演作 [ ] 映画 [ ]• 母いづこ 日活大将軍 結城麗子 昭和3年9月• けちんぼ長者 日活大将軍 白川弓子 昭和3年10月• 激流(前篇・後篇) 日活大将軍 蝶子 昭和3年11月• 近代クレオパトラ 日活大将軍 戸田あやめ 昭和3年12月• 朝日は輝く 日活太秦 栗枝 昭和4年4月• 生ける人形 日活太秦 組川弘子 昭和4年4月• 日活太秦 早百合 昭和4年. 摩天楼争闘篇 日活太秦 お銀 昭和4年10月• 雲の王座 日活太秦 おきぬ 昭和4年10月• 日活太秦 山田麗子 昭和4年11月• 日活太秦 女工 昭和5年3月• この母を見よ 日活太秦 祥子 昭和5年5月• この太陽(第一・第二・第三篇) 日活太秦 多美枝 昭和5年9月• 母三人 日活太秦 時子 昭和5年11月• 日本嬢(ミス・ニッポン) 日活太秦 ミス・ニッポン 昭和6年4月• 千恵プロ=日活 糸重 昭和6年5月• 心の日月 日活太秦 皆川麗子 昭和6年10月• 入江プロ=新興 彩鳳 昭和7年9月• 白蓮 入江プロ=新興 巴 昭和7年12月• 須磨の仇浪 入江プロ=新興 小田綾子 昭和8年3月• 入江プロ=新興 水芸太夫滝の白糸 昭和8年. 神風連 入江プロ=新興 小勝 昭和9年2月• 新興 野々口道子 昭和9年3月• 雁来紅(かりそめのくちべに) 入江プロ=新興 あき子 昭和9年11月• (前篇・後篇) 入江プロ=新興 南條新子 昭和10年2月• 明治一代女 入江プロ=日活 お梅 昭和10年11月• 日活京都 お浜 昭和10年11月• 白衣の佳人 入江プロ=日活 鞠小路泰子 昭和11年1月• 日活京都 お浜 昭和11年4月• L映画製作所=入江ぷろだくしょん 河野広子 昭和12年. からゆきさん P. L=入江プロ おゆき 昭和12年3月• (前篇・後篇) P. L 加代 昭和12年4月• 白薔薇は咲けど P. L 篤子 昭和12年7月• 禍福(前篇・後篇) P. L 船田豊美 昭和12年10月・11月 『禍福 前篇』1937年(左)、入江たか子• 母の曲(前篇・後篇) 東宝 薫 昭和12年12月• 東宝 お梶 昭和13年5月• 吾亦紅(前篇) 東宝 伊佐子 昭和13年11月• 吾亦紅(後篇) 東宝 伊佐子 昭和14年2月• (前篇・後篇) 東宝 りく 昭和14年4月• まごころ 東宝 長谷山蔦子 昭和14年8月• 越後獅子祭 東宝 小陣 昭和14年8月• リボンを結ぶ夫人 東宝 みさ子 昭和14年11月• 妻の場合(前篇・後篇) 東宝 三千代 昭和15年3月• 続蛇姫様 東宝 琴姫 昭和15年8月• 東宝 お篠 昭和16年5月• 東宝 お市 昭和16年5月• 雪子と夏代 東宝 雪子 昭和16年8月• 川中島合戦 東宝 千代野 昭和16年11月• 希望の青空 東宝 萬亀子 昭和17年1月• 白い壁画 東宝 奈理子 昭和17年2月• 緑の大地 東宝 井沢園子 昭和17年4月• 母は死なず 東宝 貞代 昭和17年9月• 東宝 伸子 昭和17年10月• おもかげの街 東宝 お千代 昭和17年11月• 進め独立旗 東宝 たか子 昭和18年10月• 東宝 水島徳子 昭和19年. 東宝 昭和19年. 霧の夜ばなし 東宝 おつま 昭和21年9月• 今宵妻となりぬ 大映東京 幸枝 昭和22年3月• 壮士劇場 大映京都 さつき 昭和22年5月• 誰か夢なき(前篇・後篇) 新東宝映画=東宝 昭和22年8月• 幸福への招待 新東宝映画=東宝 昭和22年10月• 博多どんたく 大映京都 おせい 昭和22年12月• 母三人 大映東京 真砂子 昭和24年4月• 毒薔薇 大映東京 知加子 昭和24年6月• どぶろくの辰 大映東京 梅子 昭和24年6月• 七彩の虹 松竹大船 美也子 昭和24年10月• 松竹京都 千賀 昭和24年. 松竹京都 千賀 昭和25年. 大泉映画=東京映画配給 美也子 昭和25年5月 『青空天使』 1950年入江たか子と(左)• 東京のヒロイン 新東宝 吉岡花子 昭和25年10月• 肉体の暴風雨 東宝 三千代 昭和25年10月• 天狗の安 東映京都 お静 昭和26年8月• 松竹京都 おえん 昭和26年. 大映 みのの方 昭和28年. 大映京都 お豊 昭和28年. 大映京都 おたきの方 昭和28年• 舞妓物語 大映京都 菊代 昭和29年• 大映京都 萩の方 昭和29年• 大映京都 市川仙女 昭和29年• (第一・第二・完結篇) 東映京都 廉夫人 昭和30年• 大映京都 浪路 昭和32年• 水戸黄門 東映京都 桂昌院 昭和34年• 東宝=黒澤プロ 睦田夫人 昭和37年. 東宝映画 五十嵐千鶴 昭和54年. 角川春樹事務所=東映 深町たつ(昭和58年7月16日)• 、PSC、新日本制作 貝原志乃(昭和58年12月21日) テレビ番組 [ ]• 第二部• ドキュメント番組 [ ]• 猫と呼ばれたスタア 映画女優 入江たか子・化け猫女優となったお姫様 制作『』1996年6月14日放送 著書 [ ]• 『映画女優』(、1957年) 関連書籍 [ ]• 「日本無声映画俳優名鑑」(無声映画鑑賞会/編、株式会社/監修) 脚注 [ ]• 『週刊サンケイ臨時増刊 大殺陣 チャンバラ映画特集』(サンケイ出版)• 『週刊サンケイ臨時増刊 大殺陣 チャンバラ映画特集』「怪猫映画あれこれ」入江たか子(サンケイ出版)• 『日本映画の若き日々』(、毎日新聞社刊)• 『週刊サンケイ臨時増刊 大殺陣 チャンバラ映画特集』「怪猫映画あれこれ」入江たか子(サンケイ出版)• 『ひげとちょんまげ』(、毎日新聞社刊)• 猫と呼ばれたスタア 映画女優 入江たか子・化け猫女優となったお姫様 制作『』1996年6月14日放送• 『私の渡世日記』(高峰秀子、新潮文庫)• 『週刊サンケイ臨時増刊 大殺陣 チャンバラ映画特集』「怪猫映画あれこれ」入江たか子(サンケイ出版)• 外部リンク [ ]•

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