麒麟 が くる キャスト 発表。 大河ドラマ「麒麟がくる」ユースケら豪華な追加キャストが発表

麒麟がくる未発表のキャストはいる?菊丸の正体は?

麒麟 が くる キャスト 発表

速報&会見2019. そのメモリアル・イヤーに、大河ドラマで最も人気の高い「戦国時代」をはじめて4Kでフル撮影、従来とはまったく異なる新しい解釈で英雄たちを描く、まさしく「大河新時代」の幕開けともいえる作品が第59作 「麒麟がくる」です。 「麒麟がくる」は、大河ドラマの原点に戻り、戦国初期の群雄割拠の戦乱のなか、各地の英傑たちが天下を狙って、命をかけ愛をかけ戦う、戦国のビギニングにして「一大叙事詩」です。 脚本は、第29作「太平記」を手がけた池端俊策のオリジナル。 大河ドラマとしては初めて智将・明智光秀を主役とし、その謎めいた前半生にも光があてられます。 物語は、1540年代、まだ多くの英傑たちが「英傑以前」であった時代から始まり、丹念にそれぞれの誕生を描いていきます。 若き明智光秀、織田信長、斎藤道三、今川義元、そして秀吉が、家康が、所狭しと駆け巡る……。 やがて、主君として付き従った道三が討たれると、美濃を追われるが、後半生の主君・織田信長と出会ったことで彼の運命が大きく動き出していく。 木村文乃 煕子 (ひろこ) 光秀の正室。 美濃の土豪・妻木氏の娘。 戦乱に明け暮れ疲弊する光秀の心の支えとなる女性。 南 果歩 深芳野 (みよしの) 守護代・斎藤道三の側室。 斎藤高政(義龍)の実母。 そもそもは守護・土岐頼芸(とき・よりのり)の 愛妾 あいしょうであった。 ゆえに高政は自分の出自について疑いを抱いている。 村田雄浩 稲葉良通(一鉄) (いなば・よしみち/いってつ) 美濃三人衆と呼ばれた斎藤道三有力家臣の一人。 はじめ土岐頼芸の家臣であったが、のちに道三の家臣となった。 道三の強引なやり方に不満を持っている。 徳重 聡 藤田伝吾 (ふじた・でんご) 明智家に仕える家臣。 実直な性格だが、戦闘能力は非常に高く、常に光秀のそばに寄り添う。 その家柄と参謀・太原雪斎(たいげん・せっさい)の後ろ盾により、道三たちがおびえる東海最強の戦国武将。 うつけと言われた信長を疎み、弟・信勝ばかりを 可愛 かわいがっている。 佐々木蔵之介 藤吉郎 (とうきちろう) のちの秀吉。 最下層の農民であったが、持ち前の人懐っこさと庶民ならではの自由さを武器に、信長の家臣として頭角を現していく。 光秀生涯のライバル。 もともと将軍家の家督相続者以外の子として仏門に入っていたが、義輝亡き後、室町幕府最後の将軍として擁立される。 政治的手腕に富み、抜群の先見性と外交力がある。 光秀の盟友・細川藤孝の異母兄。 幕臣として、将軍・足利義輝、足利義昭に仕える。 眞島秀和 細川藤孝(幽斎) (ほそかわ・ふじたか/ゆうさい) 光秀の生涯の盟友。 将軍奉公衆として室町幕府の再興に尽力する。 当代きっての文化人であり、文武両道の人物。 吉田鋼太郎 松永久秀 (まつなが・ひさひで) 主に 畿内 きないを中心に勢力を広める戦国武将。 軍事政治両面で力を発揮し、荒々しく、したたかな生き方で、若き光秀に大きな影響を与える。 戦国三大 梟雄 きょうゆうの一人。 語り 市川海老蔵 2020年はオリンピックの年であり、 私事ではありますが襲名の年でもあります。 そのような節目の年にこのような大役をいただき、 大変光栄に思っております。 魅力的な作品づくりの一助となるよう、 精一杯 せいいっぱいつとめさせていただきます。 十二世市川團十郎の長男として東京に生まれる。 2004年歌舞伎座にて市川海老蔵を襲名。 日本の伝統芸能を次世代に伝えるべく、自ら企画した『古典への 誘 いざない』『ABKAI』などの自主公演にも力を入れている。 また国外では、パリ国立シャイヨー宮劇場(2004)にて十一代目市川海老蔵襲名披露公演を果たし、その後の海外公演は、ロンドン・アムステルダム(2006)、パリ・オペラ座(2007)、モナコ・オペラ座(2009)、ロンドン・ローマ(2010)、シンガポール(2014,2015)、アラブ首長国連邦(2016)、ニューヨーク・カーネギーホール(2016)にて出演する。 2006年にローレンス・オリビエ賞にノミネート、2007年にはフランス芸術文化勲章シュヴァリエを受章。 歌舞伎だけでなくの映像の世界では、2014年に映画『利休にたずねよ』で、第37回日本アカデミー賞優秀主演男優賞を受賞している。 また2015年より東京2020組織委員会文化・教育委員会委員を務めている。 2020年5月より十三代目市川團十郎白猿を襲名する。 題字 中塚翠涛 戦国時代に 想 おもいを 馳 はせながら、荒々しく激動の世の中を生き抜いた明智光秀の内に秘めた強い想いと、その周りで支えた人々の姿を筆に託しました。 強さを前面に押し出さず、時代の空気感をどう表現するかということを意識しました。 ご依頼いただいた際、変化の波をどう乗り越えていくか?という点において、今回のドラマは今の時代と重なる部分がある、というお話があったことが、とても印象に残っております。 新時代の大河ドラマに関わらせていただけたこと、大変光栄に存じます。 岡山県出身。 4歳から書に親しみ、古典的な書法を取得。 筆の弾力と墨の無限のグラデーションに美しさを見いだし、和紙と墨のみならず、陶器、ガラス、映像など、幅広い手法で独自の表現を追求。 2016年12月にパリ・ルーブル美術館の地下展示会場「カルーゼル・デュ・ルーブル」で開催されたSociete Nationale des Beaux-Arts 2016では、約300平方メートルの空間に書のインスタレーションを発表し、「金賞」「審査員賞金賞」をダブル受賞。 テレビ朝日系「中居正広の身になる図書館」では「美文字大辞典」の講師として出演。 手がけた題字は、ユネスコ「富士山世界遺産」、映画『武士の献立』など多数。 TBSドラマ「SPEC」では書道監修を務める。 企画意図 王が仁のある政治を行う時に必ず現れるという聖なる獣、麒麟。 応仁の乱後の荒廃した世を立て直し、民を飢えや戦乱の苦しみから解放してくれるのは、誰なのか…… そして、麒麟はいつ、来るのか? 若きころ、下剋上の代名詞・美濃の斎藤道三を主君として勇猛果敢に戦場をかけぬけ、その教えを胸に、やがて織田信長の盟友となり、多くの群雄と天下をめぐって争う智将・明智光秀。 「麒麟がくる」では謎めいた光秀の前半生に光を当て、彼の生涯を中心に、戦国の英傑たちの運命の行く末を描きます。 従来の価値観が崩壊し、新たな道を模索する現代の多くの日本人に向けて、同じように未来が見えなかった16世紀の混迷の中で、懸命に希望の光を追い求めた光秀と数多くの英傑たちの青春の志を、エネルギッシュな群像劇として描き、2020年、新たな時代を迎えるすべての日本人に希望と勇気の物語をお届けします。 そんな中、新たなスタッフ・キャストの発表です。 実写の劇映画やドラマは、基本的には「生もの」であり「出会い」の産物です。 ひとつの物語にそのときどきに旬な俳優さんやスタッフが集い、現場で火花を散らします。 そのとき出会った俳優さんたちの「なま」な交錯の瞬間が、編集され、音加工され、ひとつの「映像世界」として立体的に記録されます。 まさにその瞬間にしか撮れないものが一つの物語を形作る……そしてそれは二度と再現できない、ある種の「奇跡」なのかもしれません。 ほぼ全員が主人公、というような集団群像劇に新たな出演者の方々のご参加が決定しました。 どの方も、ある意味「くせ者」ぞろいで、光秀役の長谷川さんはじめ、これまでに発表された方々と合わせて、「麒麟がくる」でどんな芝居の火花が散るのか、それぞれの組み合わせでわくわくする大変豪華なメンバーに集まっていただけたと思っています。 加えて題字は今最も旬な女流書道家の中塚翠涛さん。 壮大さと繊細さが入り混じった中塚さんの書はとても日本的でもあり、東京オリンピックが行われる年にふさわしいものとなったと思います。 そして……語りは、放送年の2020年に十三代目市川團十郎白猿を襲名する、市川海老蔵さんです。 大変多忙な年に、この台本なら、と特別に引き受けていただきました。 脂ののりきっている海老蔵さんに、トラディショナルかつ重厚な池端脚本の世界をエネルギッシュかつ鮮烈な語りで彩っていただきます。 日本にとって記念すべき年となる2020年に向けて、これ以上はない、といえるほどの「役者」がまさに出そろいました!「麒麟がくる」楽しみにお待ちください! 2020年 大河ドラマ「 麒麟 きりんがくる」 【放送予定】2020年1月より 【制作統括】落合 将 【演出】大原 拓、一色隆司、佐々木善春、深川貴志 【プロデューサー】藤並英樹、中野亮平 取り上げた番組はこちらです!.

次の

今井翼が毛利新介役で出演!大河「麒麟がくる」金子ノブアキら新キャスト発表

麒麟 が くる キャスト 発表

徳川家康(とくがわいえやす)役: 風間俊介 風間俊介、徳川家康役に「震えています」 来年NHK大河『麒麟がくる』新たな出演者発表(写真 全4枚) — ORICON NEWS(オリコンニュース) oricon 「麒麟がくる」のキーパーソンの一人、徳川幕府創始者、 徳川家康です。 幼少の頃から、今川義元に仕えるものの、桶狭間の戦いでは、織田信長に主君今川を討ち取られた後は、戦国大名として、織田信長と同盟を結び、力をつけます。 織田信長が、明智光秀によって討ち取られる「本能寺の変」をけしかけたのは、徳川家康ではないかといった説もあります。 今回この役を射止めた、 風間俊介さんは、「ある作品では温厚な人格者として描かれ、一方で、狡猾なたぬき親父として描かれる」徳川家康が今回どのようなキャラクターとして描かれているのか、今から楽しみとおっしゃっています。 風間俊介さんは、ジャニーズジュニアとして、中学2年から、少年隊の舞台で活躍。 1999年「3年B組金八先生 第5シリーズ」で、兼末健次郎役として活躍して以降、俳優として活躍の場を広げます。 そして今回の「麒麟がくる」では、準主役(ライバル)とも言える、徳川家康役を射止めています。 *ちなみに、徳川家康の幼少期竹千代役には、岩田琉聖さんが選ばれています。 足利義輝(あしかがよしてる)役: 向井理 長谷川博己主演 来年大河「」新キャストに尾野真千子、、風間俊介 尾野が演じるのは伊呂波太夫(いろはだゆう)。 向井は室町幕府第13代将軍・足利義輝役を演じる。 将軍を傀儡としたい三好長慶と松永久秀に翻弄された、不運の剣豪将軍。 当時の 大剣豪塚原卜伝の弟子とされていて、義輝が邪魔だった、松永氏と三好三人衆に、二条城で討ち取られるも、その最後は、織田信長の最後と並び称されるくらいに凄まじいものとして知られています。 薙刀を用いて、敵をなぎ払った後、畳に突き刺した何本もの刀で、敵を倒していくも、最後には、槍で突かれたところを一斉に襲い掛かられて殺害されます。 今回、足利義輝を演じる、 向井理さんは、大河ドラマ「江」で初めて時代劇に出演、今回の脚本の 池端俊策さんとは「 そろばん侍」以来となります。 向井理さんは、2019年8月30日公開の「引越し大名!」では、柳沢吉保役を務めています。 太原雪斎(たいげんせっさい)役:伊吹吾郎 今回雪斎やる伊吹吾郎さんって、何気に大河で北条氏政を2回演じていたんやね(天地人・軍師官兵衛) ちっとも覚えとらんわ!!(憤怒) — 羽ぴょん dahanekesuike 今川義元の軍師:太原雪斎。 内政・外交・軍事において、天才的な才能を発揮し、今川家を全盛期へと導きます。 織田家に囚われの身となっていた、松平竹千代(のちの徳川家康)を人質交換で、奪い返すなど、特に政治力に長けた武将でした。 桶狭間の戦いの前に、60歳で亡くなりますが、 彼が生きていれば、桶狭間の戦いに敗れることはなかったと言われています。 今回太原雪斎役を務める、伊吹吾郎さんですが、大河ドラマには常連です。 これまで9作の大河ドラマに出演されて、戦国時代をテーマにしたものだけでも、2014年「軍師官兵衛」と2009年の「天地人」での北条氏政役(同人物を2回演じています!)や、1983年の「徳川家康」では、加藤清正役、1973年「国盗り物語」では、細川藤孝役と、 一人大河ドラマと言えるくらい経験が豊富です。 まさに何もかも知り尽くした天才軍師、太原雪斎にふさわしい俳優と言えますね。 伊呂波太夫(いろはだゆう)役: 尾野真千子 出番はそれほど多くなさそうだけど、女座長、想像つかない役どころでとても嬉しい。 長谷川博己さん向井理さんともご縁がある。 — きぬ nee1418 今回の大河ドラマオリジナルキャラクターの 伊呂波太夫です。 京の医師東庵に引き取られる前の、孤児・駒が預けられていた、旅芸人一座の、 女座長の娘という設定です。 現在は、一座の座長として、駒の前に現れます。 全国を回る一座ですが、大名や公家にも顔が聞く不思議な存在として、物語を盛り上げます。 七色がテーマカラーの伊呂波太夫の、美しい舞いが期待されますね。 伊呂波太夫役の 尾野真千子さんですが、NHKには、2005年の大河ドラマ 「義経」で義経の正室:萌役、2006年の連続テレビ小説「芋たこなんきん」の花岡昌江役などに起用されています。 また、2011年には同じくNHKの連続テレビ小説 「カーネーション」のヒロイン小原糸子役に、オーディションで起用されます。 2016年には、 池端脚本の名作「夏目漱石の妻」の主役夏目鏡子役を務めています。 大河ドラマこそ、そこまでの数は出ていませんが、NHKに縁も深く、池端脚本作品としては、「足尾から来た女」、「夏目漱石の妻」に引き続き3作目になります。 スポンサーリンク 「麒麟がくる」追加キャスト口コミ、意外な場外乱闘。 西軍大将 「石田三成」(笑)が、今回の徳川家康決定について、早速ツイートしています。 【吉報】 来年の家康決定 来年の家康決定 来年の家康決定 来年の家康決定 来年の家康決定 来年の敵が定まったああああ!! …って待って。 イケメソすぎない…???家康こんなイケメソがやるのか?なんだこの、ディズニーとかめっちゃ詳しそうな家康は!? — 石田三成 zibumitunari 石田三成さんのツイートには、徳川家康がイケメンすぎ!ディズニーとかめっちゃ詳しそう!と、実際にディズニーのコアなファンとして知られる徳川家康役 風間俊介さんにエールを送っています。 風間俊介の徳川家康なら絶対東軍に寝返るとかいうコメントで溢れてるんだけどやめて… — 石田三成 zibumitunari このコメントも最高ですね。 西軍大将石田三成として、東軍大将である イケメン徳川家康に対して自虐しています。 史実でも、負けることがありえないと言われた、石田三成率いる10万の西軍が、徳川家康率いる8万の東軍に敗れた、関ヶ原の戦いは、西軍だった、小早川秀秋の裏切りで負けたとされています。 その辺りを自虐している感じですね。 風間家康になら安心して黒田の命運託せるな🦒 — 黒田長政 tikuzennnokami 小早川秀秋を寝返らせて、吉川広家を足止めさせた、東軍一武功をあげた武将、 黒田長政も負けじとツイートしてますね。 今回の追加キャスト情報では、結構徳川家康に、風間俊介さんが選ばれたことについて、応援コメントするファンや歴史上のキャラのコメントが目立ち盛り上がっていますね。 スポンサーリンク 「麒麟がくる」キャスト情報 美濃国 明智光秀 (あけち みつひで)役: 長谷川博己 【2020年大河ドラマ「麒麟がくる」】制作発表!長谷川博己さんが明智光秀役、脚本は池端俊策さんです。 織田信長に、斎藤道三が討たれることで、光秀の人生が大きく変わっていきます。 主君織田信長を「本能寺の変」で、奇襲して打ち取ったことから、「裏切り者」「卑怯者」と言ったレッテルを貼られた、不運の武将です。 「麒麟がくる」の主人公になります。 キャストの 長谷川博己さん は、2013年に『八重の桜』で大河ドラマ初出演し、 主人公山本八重の最初の夫川崎尚之助役を務めました。 昨年2018年のNHK連続テレビ小説『まんぷく』で、主人公の夫役、立花萬平役(安藤百福がモデル)を演じています。 また、映画『シン・ゴジラ』では、主人公、矢口蘭堂役(内閣官房副長官役)を演じて、 日本アカデミー賞優秀主演男優賞を受賞している実力派です。 悪役からオタク役まで、幅の広い演技をこれまで見せてきました。 これまで名脇役といった、主人公を補佐する主要なキャラクターも多かった長谷川さんですが、2020年、大河ドラマの主人公に抜擢されました。 「麒麟がくる」で脚本を担当する池端俊策さん作品としては、2016年の「夏目漱石の妻」以来となります。 煕子 (ひろこ)役: 木村文乃 明智光秀の正室です。 美濃の妻木氏の娘になります。 煕子 役の 木村文乃さんは、2006年の大河ドラマ 「 功名が辻」に奥宮弥兵衛の娘 役を演じています。 また、NHK連続テレビ小説の「だんだん」(2008年)、「梅ちゃん先生」(2012年)などで活躍しています。 深芳野 (みよしの)役: 南果歩 斎藤道三の側室で、斎藤義龍の母です。 元々は、美濃の守護大名、土岐頼芸の妾でした。 ベテラン女優の南果歩さんですが、大河ドラマは3作目で、1990年「翔ぶが如く」で主人公西郷隆盛の妻役や1999年の「元禄繚乱」では、大石内蔵助の愛人役を演じています。 2018年から現在まで、 「やけに弁の立つ弁護士が学校でほえる」で高城英子 役として、NHKドラマに出演されています。 稲葉一鉄 (いなば いってつ)役: 村田雄浩 斎藤道三の家臣、 美濃の三人衆と呼ばれる、豪傑です。 元は土岐頼芸の家臣で、斎藤道三の考え方に不満を持っていました。 「 頑固一徹」の言葉の由来となった人物です。 村田雄浩さんは、NHK大河ドラマの常連で、古くは1983年「徳川家康」で岩松八弥 役、1987年「独眼竜政宗」では、茂庭綱元 役を務め、最近の作品では、2014年 「軍師官兵衛」で、宇都宮鎮房 役を演じています。 かなりの豪傑だったと言われています。 藤田伝吾 役を射止めた、徳重聡さんですが、過去には2013年の大河ドラマ「八重の桜」では大久保一蔵 役に続き、NHK大河ドラマ2作目になります。 牧(まき)役: 石川さゆり 光秀の母親。 歌手の石川さゆりさんは、以前も2006年の大河ドラマ「功名が辻」の第31話でゲスト出演されたことがあります。 明智光安 (あけち みつやす)役: 西村まさ彦 光秀の叔父。 斎藤道三の家臣。 三谷幸喜監督の一連の作品で、名脇役として頭角を現した西村まさ彦さんですが、2017年には、芸能活動30周年を迎え、芸名を西村雅彦から、西村まさ彦へ変更し、俳優業一本でやっていく覚悟を決めたそうです。 大河ドラマの経験では、1996年「秀吉」にて、徳川家康およびその影武者 役をされ、2016年の真田丸では、真田昌幸に謀略で殺されてしまう、室賀正武 役を演じています。 織田信秀 (おだ のぶひで)役: 高橋克典 美濃の斎藤道三のライバルにして、織田信長の父親。 「大うつけ」と呼ばれた織田信長に家督を相続することから、織田信長の才能を一番理解していた身内ではないかと言われます。 北に斎藤道三、東に今川義元と強力な戦国大名に囲まれ、常に領土を脅かされます。 高橋さんは初大河ドラマ出演となります。 平手政秀 (ひらて まさひで)役: 上杉祥三 信長のお守り。 信秀の家臣です。 平手政秀 役の上杉祥三さんですが、大河ドラマ常連で、1984年「山河燃ゆ」以来、9作の大河ドラマに出演しています。 土岐頼芸 (とき よりのり)役: 尾美としのり 美濃の守護、土岐一族でありながら、斎藤道三と組み、領主の兄を美濃から追い出し地位を奪います。 尾美としのりさんは、1979年「草燃える」から、NHKの大河ドラマには出演されていて、2017年 「おんな城主 直虎」では、榊原康政 役と重要どころを演じています。 斎藤義龍 (さいとう よしたつ)役: 伊藤英明 斎藤道三の嫡男だが、道三の妾(深芳野/みよしの)の子。 道三と相性が悪かったと言われています。 光秀の幼馴染でもあります。 伊藤英明さんが、大河ドラマに参加するのは、2002年「利家とまつ〜加賀百万石物語〜」で 前田利長を演じて以来となります。 濃姫 (のうひめ)役: 沢尻エリカ 道三の正妻(小見の方)の娘。 光秀の親戚にあたります。 のちの織田信長の正妻です。 しかし、歴史書に登場することが少なく、謎に包まれた、人物でもあります。 2007年の映画舞台挨拶「別に・・」で世間から叩かれ、2012年から、本格的な女優業を再開した、沢尻エリカさんですが、今回の大河ドラマが初出演になります。 明智光秀と尾張で出会い、彼らの「本能寺の変」までの運命が始まります。 染谷将太さんは、今回の織田信長役に抜擢されるまで、NHK大河ドラマには2003年「武蔵」へゲスト出演を始め、2010年「龍馬伝」、2011年「江〜姫たちの戦国〜」に続き、今回の「麒麟がくる」への出演となります。 斎藤道三 (さいとう どうさん)役: 本木雅弘 明智光秀の最初の主君。 美濃のマムシと呼ばれ、美濃の国を土岐氏から奪い取る、下克上の第一人者と言った武将です。 軍事と政治の才能が天才的だったと言われます。 斎藤道三 役の 本木雅弘さんは、大河ドラマ、1998年 「徳川慶喜」で主役の徳川慶喜を演じ、高い評価を得たほか、個性派俳優として、活躍しています。 彼が演じる「美濃のマムシ」どのような人物に仕上がるのか今から楽しみですね。 駿河国 今川義元 (いまがわ よしもと)役: 片岡愛之助 天下統一に最も近いと言われた、戦国武将の一人です。 「海道一の弓取り」と恐れられ、強大な軍隊を持っていました。 今回の今川義元は、信長に負けた間抜けなイメージではなく、強大な強いイメージの今川義元となるようです。 今回今川義元役を演じる、 片岡愛之助さんは、大河ドラマでは2016年の 「真田丸」で 大谷吉継 役以来となります。 NHK連続テレビ小説「まんぷく」にも、加地谷圭介 役で、現在出演されています。 菊丸(きくまる)役: 岡村隆史 三河出身の農民。 いたるところで、光秀に出くわす。 結果的に光秀を助けることが多いキャラクターです。 このキャラも、架空のキャラクターです。 お笑い芸人お大御所、岡村さんが出るあたり、場をなごましてくれるキャラで間違い無いでしょうね。 尾張国 土田御前(どだごぜん)役: 檀れい 織田信秀の継室です。 信長と信勝の母親。 信勝を可愛がり、大うつけと言われた信長を嫌い続けたと言われます。 檀れいさんは、2012年NHK大河ドラマ「平清盛」で、待賢門院 役を演じて以来の、大河ドラマとなります。 藤吉郎 (とうきちろう)役: 佐々木蔵之介 のちに木下藤吉郎から、羽柴秀吉、豊臣秀吉と、農民から、関白まで上り詰めた、下克上を極めた野心家です。 光秀の最大のライバルとなります。 豊臣秀吉となる、佐々木蔵之介さんですが、ブレイクのきっかけが、2000年のNHK連続テレビ小説「オードリー」です。 大河ドラマにも2007年に、「風林火山」で真田幸隆役を演じた経験があり、NHKに馴染みが深い俳優とも言えます。 ちょっとびっくりなのが、長身の佐々木蔵之介さんが、「猿」のイメージのある豊臣秀吉 役を演じるというところが、どんな役作りをしてくるのか楽しみですね。 大和国 足利義昭 (あしかが よしあき)役: 滝藤賢一 15代将軍で、信長が実力をつけて、都入りを狙っていた時に、政治力を生かして、信長包囲網を構築した策士です。 足利義昭 役の滝藤賢一さんは、NHK大河ドラマの経験は2010年「龍馬伝」の最終話に、小松帯刀 役として起用されています。 細川藤孝の義兄。 細川藤孝 (ほそかわ ふじたか)役: 眞島秀和 将軍奉公衆の幕臣です。 光秀の生涯の友。 代々の細川家の特徴とも言われますが、戦国一の文化人でした。 松永久秀 (まつなが ひさひで)役: 吉田鋼太郎 大和国の戦国武将。 三好長慶に仕えていました。 信長に一旦仕えるものの、反逆することになります。 北条早雲と斎藤道三とともに、戦国三代梟雄(きょうゆう)と言われています。 望月東庵(もちづき とうあん)役: 堺正章 京都で、光秀が出会う医師。 落ちぶれているものの、朝廷や各地の大名に人脈がある役です。 今回の大河ドラマ「麒麟がくる」の架空のキャラクターになります。 駒(こま)役: 門脇麦 医師・望月東庵の助手。 麒麟がやってくることを信じている役です。 望月東庵同様、架空のキャラクターです。 語り:市川海老蔵 2020年には、 第13代目市川團十郎白猿を襲名する、市川海老蔵さんが、ナレーション「語り」をします。 襲名があり忙しい中、台本が気に入り、特別にナレーションを引き受けたとのことです。 「麒麟がくる」キャスト情報まとめ 来年のNHK大河ドラマ「麒麟がくる」の新たな出演者が発表されました。 かなり個性の強い、俳優キャストが揃った、「麒麟がくる」それぞれの役者の活躍が、今から楽しみですね!.

次の

【麒麟がくる】ガラシャのキャストを予想!3人の候補を挙げてみた

麒麟 が くる キャスト 発表

光秀が謀反を起こした理由は諸説ありますが、どれが本当の動機であったのかは未だ謎のままとなっています。 そんな謎多き光秀の人物像に触れていきたいと思います(一部Wikipedia引用) 人物像 内政手腕に優れ領民や家臣から慕われ、和歌や茶道を好む文化人であったとされている。 武芸においては鉄砲による射撃を得意としていたという。 正室の煕子とは非常に仲が良く、浪人時代に資金が困窮した際には妻が自身の髪を売って金を用意したという逸話が存在する。 その愛妻ぶりから生涯側室を持たなかったとされる一方で、実際は側室がいたとも、彼女は後妻で早世した前妻がいたともいわれる。 煕子との間に3男4女をもうけており、その中の1人に細川忠興の妻となる珠姫のちの細川ガラシャがいる。 外見に関しては当時の髷を結った頭でもそれと分かるくらいの脱毛症だったらしく、信長が光秀の禿げあがった頭を見て「金柑頭」と名づけたという逸話もある。 絵:明智光秀 左から 、 から 出生~青年期 清和源氏の土岐氏の支流・明智家に生まれる。 父は、、など諸説がある。 また、父親の名前も伝わらない低い身分の土岐支流とも言われている。 幼名は彦太郎。 生年は信頼性の高い時代史料からは判明せず未だ不明ではあるが、享禄元年(1528年)説、永正13年(1516年)説の2説が有力であったが、光秀の妹・妻木についての記述から、 光秀の生年は大幅に遅い天文9年(1540年)以降と推定している。 これが本当であるならば織田信長よりも年下であったということになる。 生地は岐阜県可児市広見・瀬田の明智城とも言われているが、これもいくつかの説があるが少なくとも、美濃国(岐阜県南部)あたりで生まれたことは事実であるとみられている。 青年期は不明な点が多い。 光秀は美濃国の守護・に仕えるも息子のとの親子の争いで道三方であったために義龍に明智城を攻められ、一族が離散したとされる。 その後、放浪し光秀は越前国のを頼り10年間仕えたとも言われている( 絵: 左 朝倉義景、, 右 斎藤道三 より 足利~織田の両属から織田家直臣へ 出生~青年期と謎の多かった光秀ですが、この頃から歴史の表舞台へ少しずつ姿を現します。 この頃光秀はに仕えていて、そこで・とめぐり合い、義昭と信長を結びつけて上洛させることに貢献した事がきっかけとなり織田家に仕えるのですが、 まだ明智光秀が細川幽斎と出会った頃、後に室町幕府最後の将軍となるは窮地にさらされていました。 兄である第13代将軍・が三好三人衆やらに暗殺されたことによりは姉婿にあたる若狭国守護・ たけだよしずみのもとへと逃れていました。 は再度都に上洛することをあきらめず、各地の武将に上洛と自らの将軍擁立を促したのです。 その時、が使者として派遣され、この申し出を受けたのが織田信長でした。 肝心の光秀はというと、信長と義昭の交渉を担当したのが細川藤孝であり、さらに信長と藤孝の間にいたのが、明智光秀なのです。 信長が美濃を攻略した永禄10年(1567年)あたりから光秀はの家臣として信長の周辺に姿を見せていたと考えられます。 永禄11年(1568年)信長が義昭を引き連れて上洛すると、光秀と藤孝も京都に同行しました。 このころの明智光秀の立場は足利将軍家と織田家、両方に所属するというものでした。 まだ信長の元で確固たる地位を築いていいたわけではありませんでした。 その後永禄11年(1568年)。 信長の手助けもあり足利義昭は念願の15代将軍となります。 しかし、信長にとって義明は只の上洛の為の将軍にすぎず、信長は義明の意向を無視し続けました。 そして永禄13年(1570年)信長は「」を出して義昭の行動を制限します。 しかし将軍となった義明はそのことをよく思わず信長の失脚を画策します。 義昭は裏で朝倉義景と通じていましたが、 それを察した信長は義景の行動を警戒し朝倉に対し上洛するよう命じます。 しかし義景はその命令を無視し続けます。 遂にしびれをきらした信長はついに朝倉家へと出兵することになるのです。 この時、光秀も朝倉討伐軍に従軍しています。 しかしこの戦いで義弟の浅井長政が裏切り背後を突かれ織田軍は撤退を余儀なくされます。 信長が京都まで逃げるまでの間、敵を引きつける役を請け負ったのが明智光秀でした。 義昭と通じていた朝倉へ攻め込むという戦に従軍したことにより光秀も両属から織田家従属へとなっていったと考えられています。 絵:織田信長,細川藤孝 より 異例の出世と確固たる地位の確立 元亀2年(1571年)の比叡山焼き討ちで中心実行部隊として武功を上げた光秀はここから異例のスピードで出世していくことになる。 比叡山の武功により近江国の滋賀郡(志賀郡:約5万石)を与えられ、間もなく坂本城の築城にとりかかる。 これにより光秀は一国一城の主となったのですが、これは本当に異例な事で出世で有名な秀吉よりも更に驚異的なスピードで出世していました。 また光秀は武将としてだけではなく築城の名手としても知られています。 坂本城のイメージジオラマ katuuya2012より そして元亀4年(1573年)、信長に不満を持っていた足利義明が織田家に対して挙兵します。 肝心の光秀はというと織田家直臣として戦いに参戦し完全に義明と決別することになった光秀ですが 義明に対して和睦を工作しますが、松永久秀らの謀反により工作は破城することになります。 これにより義明は都から追放され事実上、室町幕府は滅亡することになる。 それから2年後の天正3年(1575年)光秀はに惟任(これとう)の賜姓と従五位下日向守に任官を受け 惟任日向守となる。 この頃から信長は天下布武を掲げ全国統一に本格的に乗り出します。 雑賀・根来衆討伐、信貴山城の戦いを経て、明智光秀は「丹波攻略」を敢行。 丹波を攻めつつ、各地での転戦を続け武功を上げていきました。 そして天正7年(1579年)光秀は遂に念願の丹波平定をすることに成功する。 この働きにより信長から絶大な信頼を得ることになる。 エピソードの一つに石山本願寺の攻略がなかなか進まない佐久間信盛に対し、信長から折檻状が送られ以下のように明智光秀の武功が絶賛されている 「光秀は丹波を平定し、天下の面目をほどこした」 この後、佐久間盛信は織田家を追放されてしまいます。 佐久間盛信といえば織田家の重臣でしたが働きが悪ければ譜代の家臣でも追い出されてしまう。 一方、働きが良ければ、新参者でも重宝される。 信長が光秀を如何に重宝していたことがわかると思います。 確固たる信頼と名声を手に入れていた光秀。 しかし、この3年後本能寺の変は起きてしまいます。 本能寺の変 出典:本 天正10年 1582年 6月2日、光秀は徳川家康の接待役を務めていたが羽柴秀吉の依頼により毛利征伐の支援を命ぜられて出陣することになる。 しかし、毛利討伐のしていた筈の光秀は信長討伐の為、急遽本能寺へ向けて進軍する。 この時、本能寺には近習100人足らずしか帯同していなかった。 対して明智軍は1万3000人もの軍勢でこれを包囲する。 予期せぬ夜中の奇襲と圧倒的な戦力差に信長は近習とともに奮戦するも、最期は自ら寺に火を放ち自害したとされる。 このとき、信長の嫡男・織田信忠も同じく京におり、父を助けようと戦火に飛び込み命を落としており、結果的に織田家は以降力を失っていくこととなる。 では織田家において確固たる地位や名声を手にしていた筈の光秀が謀反を起こしたのは一体何故なのか? よくドラマや小説などでよく使われているのが、信長が家康を安土城で接待したとき、光秀の指示で出された魚が腐っていたという理由で折檻された事や、 このことがきっかけとなり信長に冷遇されることで光秀は信長に対して恨みを募らせるようになったというのは有名ですが、 普通に考えて私はそれはまず無いかなと思っています。 そもそもこんなしょうもない理由で謀反なんて起こす筈もないし今一、現実味にかけていますよね。 謀反を起こして仮に失敗したなら一族皆殺しの天下の大罪人になる可能性があるわけですからね。 あの優秀な光秀がそれを考えず感情で行動したとはどうしても思えないんですよね。 本能寺の変の真相や黒幕については以下のような説があるので紹介します。 その功もあり信長に右大臣を与えられる。 しかし信長に朝廷を敬う意思はなく、右大臣職も実際辞任している。 朝廷は信長の武力や影響力を恐れ信長討伐を光秀に命じた説。 実際に秀吉は本能寺の変が起こるのをしっかのような行動をしている。 当時、秀吉は毛利家その他中国地方の攻略を命じられていました。 その後本能寺の変が起こり京へと向かうわけですが、あまりにも行動が速すぎてこうした説を生み出しています。 これに関しては確たる証拠はないが家康には動機があったということでこのような説があるのだろう。 過去に家康は信長の命により嫡男・信康と正室・築山殿を失っている。 しかし本能寺の変の直後、家康は今日に滞在していて命からがら三河へ逃げ帰っている。 これを聞くとあの用意周到な家康があまりにも無策すぎて、この説は私的には信憑性は薄いと思っている。 その他にも沢山の仮説があり、どれが本当なのかわからないミステリアスな事件だからこそ面白いんですよね! 常に強者によって歴史はもみ消されていくので本当の真相は未だ謎のままです。 本能寺の変~山崎の合戦 信長を討った光秀は京を押さえると共に信長の居城であった安土城を押さえるなど新政権を整えようとする。 自身にゆかりのかる諸大名やに人物に協力を求めます。 しかし頼りにしていた細川藤孝・忠興父子や筒井順慶などからいい返事は得られません。 その後、毛利氏と和睦して中国地方から引き返してきた 中国大返し 秀吉の軍と摂津国と山城国の境に位置する山崎にて交戦することになる。 予想以上に早い帰参に軍備が間に合わなかったことや、要所である天王山を先に押さえられたことにより敗北。 逃走中に近江は小栗栖の辺りで落ち武者狩りに遭い、百姓たちの竹槍(もしくは錆びた槍)で深手を負いその場で自害したとされる。 本能寺の変からをわずか11日後の出来事であった。 その後の仮説 山崎の合戦後、光秀は生きていた説はいくつかある。 そのなかでも光秀=南光坊天海説が最も有名だ。 南光坊天海といえば徳川家康の側近として江戸の発展に関与した人物ですが実はこれが光秀であったという説です。 なぜそんな疑惑が持ち上がっているのかというと、それにはいくつかの理由があります。 まず光秀が生きていた根拠として比叡山の松禅寺にある石灯籠が挙げられます。 この石灯籠は光秀が寄進したたものなのですが、贈られた年号は1615年。 なんと光秀が討たれたとされる日から、実に33年もの年月が経過していたのです。 ただこれはあくまでも生きていた証拠であって天海であった理由にはなりません。 二人の筆跡が酷似していたり、また光秀の位牌が納められている寺 慈眼寺 と天海の戒名 慈眼大師 が同じだったりと色々な説はあるが、 特に有名な逸話に、日光には天海がなずけたとされる「明智平」という場所が存在している。 これは天海が明智の名を後世に伝えた買ったからだと言われている。 また日光東照宮は天海が造営に関しての総責任者と言う位置づけで後世に名前を残していますが、 その日光東照宮の建物に明智の家紋である桔梗文があるということで近年、都市伝説等で取り上げられています。 実際にこれが本当なのかはわかりませんが当時の光秀と家康の間柄を考えれば、光秀が本能寺の変後も生きていて、 身分を偽るために僧侶として南光坊天海と名前を変えていても何ら不思議なことではないと言うことです。 まとめ 光秀に関しては本当に不明な点が多く謎の多い人物です。 だからこそ多くの仮説が生まれ物語はミステリアスでドラマティックになっていきます。 2020年から始まる大河ドラマ「麒麟がくる」でどのように描かれるのか非常に楽しみですね。 これを機に光秀にゆかりの土地や人物などを巡る旅行に出かけるのも良いかもしれませんね!•

次の