ダカール ラリー 2020。 「ダカール ラリー 2020 に 参戦 する ミツビシ エクリプス クロス の ラリーマシン 公開 : スペイン ・・・・」アクア ASX GSRのブログ | FANTASTIC SPORTS MACHINE

【ダカール・ラリー2020】サウジアラビアでスタート! トヨタ vs ミニのどちらが勝つ?(driver@web)

ダカール ラリー 2020

【トリップコンピューター】 速さを競うのは間違いないが、それだけでなく、ライダーの持久力、判断力、車両の耐久性なども大きなファクターとなる。 クロスカントリーとも言われ、数日間かけて開催されるものが多く、すごく大雑把な表現をすると、自然の中を走る耐久レースである。 コマ図とトリップメーターを読み解いて順位を競うレース 簡易地図であるコマ図は、乗ったままスクロールして見られるよう巻いてマップケースに入れる。 指示箇所までの距離が書かれているので、正確な距離計も必要。 進むべき道を示した地図(ルートマップ)はコマ地図、コマ図と呼ばれる簡略されたもので、4輪と違って、2輪はライダーひとりなので、ロール状に巻いてマップホルダーに入れて使う。 ラリーのレース車両のトップブリッジ前方上部に、お弁当箱のような四角いケースが装着されているのを見たことがあるかもしれない、それがマップホルダーだ。 マップケース(マップホルダーとも呼ばれる)は進んだり、迷って戻したりのスクロールを手動でやるものと電動でやるものがあり、当然、電動の方がライダーの負担は小さい。 装着はすぐに確認出来る位置に搭載させる。 ダカールラリーのレースは約2週間。 みんなで一斉ではなく、ひとりずつ時間を空けてスタートし、基本的に同じところを通らず、場所を毎日移動していく。 壮大な距離を走るため「SS」と「リエゾン」という区間が別れており、スペシャルステージの略であるSSは、タイムトライアルをする区間で、純粋に速さ、誰よりも短い時間でのゴールを競う。 その途中にはチェックポイントがあり、それを通らなければペナルティとしてタイムが加算される。 ダカールラリーに代表されるラリー競技のルール 【左の数字(大)】この数字はスタートしてからこの地点までの総距離。 ここが46. 60kmの地点ということになる。 【左の数字(小)】これは前のコマ図(46. 43km)からの区間距離になり、0. 17km走るとこの地点に着くという数字。 【中央のイラスト】簡単に図式化されたポイントの地図絵。 事前にコースを下見走りすることは出来ないので、この図と左の各距離でこのポイントを判断することになる。 もし間違ったと気がついたら、確実に間違っていないと思えるコマまで後退してやり直すのがいちばんだ。 コマ図が配られた後、見やすくするためにマーキングするといい。 【右の備考】いわゆる備考欄で、危険箇所、舗装、未舗装、道などの補足が記入される。 主催者による注意が書かれている。 世界的なオートバイ冒険家・風間深志が発案した、オートバイによる独創的なツーリングイベントがSSTR。 太平洋の日の出から日本海の日没まで太陽と共に走り、石川県のなぎさドライブウェイでゴールを迎える参加型のツーリングイベント。 コマ図を使ったラリーレースではないが、日本各地にあるチェックポイントを通過してポイントを獲得しながらゴールを目指すゲーム感覚のイベントで、今では4000人以上も参加する第イベントに成長した。 ホームページもリニューアルされ、2020年のSSTRの開催日は1月中に発表予定。 日本国内のラリーイベント 湯布院ラリー3デイズ2020「The 6th YUFUIN RALLY 3DAYS 2020」.

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ダカール ラリー 2020

ホンダ、遂に念願のダカールラリーを制する! おめでとう。 そして、おめでとう。 思い返せば1989年。 まだパリダカと呼ばれてた時代。 まだアフリアツインだった時代。 まだタバコのスポンサーが全盛だった時代。 まだロスマンズホンダなんて名前だった時代。 今から30年も前の事。 それ以来の優勝。 ああ、長かった。 本当に、長かった。 来年もがんばろう。 と言う訳で遂にフィナーレを迎えたダカールラリー。 延々と手抜きな記事で楽させて貰ったけれど、遂に終わっちゃった。 毎日、非常に楽だったんだけどね。 ホンダも今回もいつものように頑張って、そしていつも以上の大きな結果を残したので、私もそれに倣って来年から頑張って本気だそうと思う。 ではまた。 富山富子(仮) 職業:奥様 趣味:分解 特徴:話が長い このブログを作ってる人。 話が長くてスマンかった。 ブラックキャット先輩 職業:黒猫 趣味:破壊 特徴:黒い 他所の家で買われてる黒猫。 肉球を華麗に駆使してブラックダイアリーを担当する。 茶色さん 職業:レッサーパンダ 特技:あざとい 特徴:あざとい 他所の家で買われてるレッサーパンダ。 特に何もしてないが可愛いからそれで良い。 最近の人気記事• 34,642ビュー• 33,066ビュー• 30,184ビュー• 26,903ビュー• 22,441ビュー• 20,656ビュー• 20,293ビュー• 18,147ビュー• 15,860ビュー• 15,122ビュー カテゴリー• 1,942• 159• 226•

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ダカール ラリー 2020

Monster Energy Honda Teamのチーム代表でHRC(株式会社ホンダ・レーシング)マネージャーの本田太一氏 本田技研工業は2月4日、31年ぶりに2輪車部門の総合優勝を果たした「ダカールラリー 2020」の活動を報告する取材会を開催。 チームやライダーたちの陣頭指揮に当たったMonster Energy Honda Team チーム代表でHRC(ホンダ・レーシング)マネージャーの本田太一氏が出席して、ダカールラリーへの取り組みについて語った。 42回目となるダカールラリーは、中東のサウジアラビアで1月5日~17日(現地時間)の13日間の日程で開催された。 ルートは紅海沿いのジッダから始まり、レストデーに滞在するリヤドを経て、ゴール地点のキッディヤに至る。 ルートは75%が砂漠地帯で、全12のスペシャルステージの総距離は5100km。 400kmを超えるスペシャルステージが7つあり、最も長いスペシャルステージは546km。 リエゾン区間の2750kmを含めて、移動総距離は約7800kmを超える。 (2輪車部門のステージ8は、ステージ7でのパウロ・ゴンサルヴェス選手が逝去したことを悼みキャンセルとなった)。 このダカールラリー 2020に、ホンダはMonster Energy Honda Teamとして参加し、ワークスマシン「CRF450 RALLY」に乗るリッキー・ブラベック選手が2輪車部門の総合優勝を獲得した。 2輪車部門で総合優勝したリッキー・ブラベック選手 「世界一過酷なモータースポーツ競技」と言われるダカールラリーは、1979年より開催されて2020年で42回目の開催。 ホンダは1981年から活動を開始して1982年に初優勝。 1986年~1989年の4連覇後、1990年~2012年の期間は参戦を休止。 その後、2013年大会からファクトリーマシンのCRF450 RALLYで参戦を再開。 そして今回、復帰後の初優勝を果たした。 本田氏は2013年の参戦再開時からダカールラリーに取り組んできており、この8年間の成績を振り返ると、2013年(ペルー~アルゼンチン~チリ)の総合7位、2014年(アルゼンチン~ボリビア~チリ)の総合5位、2015年(アルゼンチン~チリ~ボリビア)の総合2位、2016年(アルゼンチン~ボリビア~)の総合4位、2017年(パラグアイ~ボリビア~アルゼンチン)の総合5位、2018年(ペルー~ボリビア~アルゼンチン)の総合2位、2019年(ペルー)の総合7位となっている。 8年間の取り組みについて、本田氏は「われわれは毎年、(その年の)問題を解決して次のレースに臨むというスタンスを崩していないんですけども、毎年何かしらのトラブルを出してしまうというのが実情でした」と振り返った。 2019年にペルーで開催された前回大会については「今回優勝したリッキー・ブラベック選手が、ステージ9というほとんど終盤までトップを走る中で、エンジンが壊れてしまってリタイアさせてしまった」と、それが非常に心の中に残った大会であったことを明かした。 2020年は、Monster Energy Honda Teamとして5名のライダーを起用。 ホアン・バレダ選手、ケビン・ベナバイズ選手、リッキー・ブラベック選手、ホセ・イグナシオ・コルネホ選手、アーロン・メア選手といった体制で参戦した。 リッキー・ブラベック選手 31年ぶりという優勝をホンダにもたらしたブラベック選手について、本田氏は「今回優勝してくれたリッキー・ブラベック選手ですが、やっぱり彼が、去年からさらにライダーとしての能力が上がっていて、クルマをしっかりとコントロールして走るだとか、その日の調子をちゃんと合わせて走るとか、ライバルの様子を見るとか、非常に計算高い走りをしてくれたということが、今回はわれわれの優勝で非常に助けられたかなと感じています。 合わせて、若手のライダーとしてコルネホ選手も年々順位が上がってきて、今回トップ3争いをしてくれたということで、うれしい結果ですね」と話した。 一方で、本田氏はレース全体の振り返りについては課題を残していることを明かした。 本田氏にとっては、同様の症状が他のマシンに出ないかといった不安を抱えながらのレースであったという。

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