同性婚。 台湾同性婚姻合法化的第一天:登记、庆祝、反对、喜宴和思考_文化_好奇心日报

自分が同性婚に賛成する理由|すぎ餅|note

同性婚

米連邦最高裁の9人の判事のうち4人が反対し、5人が賛成しました。 当時は賛成派と反対派で大論争が起きており、今もその論争が続いています。 反対を主張したジョン・ロバーツ判事は、「同性婚を認めると一夫多妻も認めることになる」とその理由を述べました。 そして実際、この判決以降「2人目の妻」との婚姻届を裁判所に提出するケースが相次ぎました。 同性婚が認められると、次の段階で往々にして、ポリアモリー(複数恋愛)、一夫多妻の法的承認に進んでいくのです。 2016年に同性婚が合法化されたコロンビアでは、翌年に「男性三人の結婚」が法的に承認されました。 ポリアモリーは「お互いが交際状況をオープンにする点で、合意のない不倫や浮気とは異なります。 不特定多数と性的関係を持つことととも違い、感情的にも深く関わり合う持続的な関係です」(withnews)と説明されています。 二人の妻と暮らす夫は「結婚は3年の更新制にすべきでは」と提案しています。 しかし同性婚によってその趣旨が形骸化され、更には子供の福祉が脅かされる恐れがあります。 たとえばワシントン州で生花店を経営していたある女性が、同性婚へのフラワーアレンジメントの依頼を断ったことが有罪とされました。 彼女は同性愛者に理解のない人物では決してありません。 同性愛者の顧客から注文があれば喜んで生花を売り、従業員としても何人もの同性愛者を雇用していました。 ところが、彼女は、日頃より結婚式という人生の重大な式典におけるフラワーアレンジメントは、全身全霊で取り組まなければならない仕事と考えていました。 そこで彼女の信仰(キリスト教)に反する同性愛者の挙式では、応じられないと判断したのです。 彼女は依頼した顧客の手を握り、丁寧に理由を述べて断りました。 しかし、顧客はこれを 不法な差別として訴えました。 結局彼女には罰金1000ドル(約10万円)の支払いが命じられてしまいました。 キリスト教という心の拠り所を持ち、それを自分の良心として表明することすら許されないのでしょうか。 彼女のとった行為は本当に「差別」なのでしょうか。 同性婚が認められた米国では「結婚そのもの」が揺らいでいます() またオレゴン州では、ケーキ店を経営する夫妻が同性婚の挙式にケーキを焼くのを拒んだところ、13万5000ドル(約1600万円)の罰金が命じられました。 この金額には、顧客の精神的損害への賠償金などが含まれているといいます。 米国では、まるで「当たり屋」のように、同性婚挙式の依頼を、あえてキリスト教の信仰をもったお店に行くケースが増えているそうです。 同性婚合法化を盾に、信仰をもった人々への「嫌がらせ」ともとれる行動です。 「父親」「母親」という言葉は差別用語なのか さらに 米国では、教育省の公式文書における「父親・母親」という表記が、「親1・親2」(Parent1、Parent2)に置き換えられてしまいました。 このままでは、米国から「父親・母親」という言葉がなくなってしまうかもしれません。 最近は、日本でも同様に「お父さん」「お母さん」という言葉の使用が、「LGBTへの差別用語」のように扱われるケースが出てきています。 「むしろ家庭は個人にとって邪魔な存在だ。 認めてあげればいいんじゃないか」という意見があります。 一見すると同性愛者に配慮を示す、正しい意見であるように見えます。 しかしこれは誤りです。 上述の米国の例がそれをはっきりと示しています。 ここではその具体的な理由を三つ示してみましょう。 結婚制度の弱体化につながる社会変革に反対しています 第一に、思想信条の自由が侵害されます。 生花店とケーキ店の店主の例です。 同性婚を認めることは、単に同性愛者が満足する、同性愛者が保障されるということだけにとどまりません。 同性愛者以外にも、同性婚を認めるよう強制することになるのです。 ではその人たちの思想良心の自由は損なわれてもよいのでしょうか。 「同性愛者を差別してはならない」といいながら、「永遠の愛を誓いあう一夫一婦の婚姻こそ神聖なものだ」との自身の信念を持つ異性愛者を差別してもいいのでしょうか。 これはいわゆる逆差別です。 第二に、婚姻の価値が相対化されます。 上述の「2人目の妻」との婚姻届提出のケースです。 同性愛と異性愛を「真剣に愛し合っているという点で同じだ」として法制化するなら、論理的には「2人目の妻」「3人目の妻」も同様になってしまいます。 やがて乱婚が正当化され、社会は混乱に陥るでしょう。 第三に、社会から「父親・母親」という概念がなくなってしまいます。 上述の公式文書の例です。 同性婚合法化の効果は同性愛者だけに適用されるのではありません。 社会全体、特に行政機関に及びます。 しかし子供にとって父親と母親は両者ともにかけがえのない存在です。 その概念が消えれば、子供の発達にとって大変な損害となるでしょう。 また、同性愛者が結婚のような生活を営んではならないと言っているのではありません。 思想良心の自由は保障されるべきであり、その権利は同性愛者でも異性愛者でも同じだからです。 しかしこのことと、法律で同性婚を認めることとは全く違います。 もし同性婚を法的に認めると、上述のように社会全体の価値観が変わってしまうからです。 その最大の影響を受けるのはやはり子供です。 日本の民法では婚姻の手続きは容易ですが、離婚はかなり複雑です。 その理由は子供を守るためです。 つまり婚姻に関わる問題は、当事者(大人)の権利だけではなく、子供が受ける影響を最大限考慮しなければならないのです。 その意味で、日本で同性婚を法的に認めるべきでは決してありません。 同性婚を認めれば、ますます個人主義に拍車がかかり、家庭の価値が失われ、子供の福祉が損なわれるでしょう。 私たちは、以上の理由で同性婚合法化に断固として反対します。 以下の特集記事もぜひあわせてご参照下さい。 あわせてご覧ください。

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日本で同性婚の必要な訳とは?[同性婚のメリット・デメリット]

同性婚

この記事の目次• 同性婚とは 同性婚とは 男性同士、もしくは女性同士で結婚することです。 一般的には男性と女性が結婚しますが、好きな人と添い遂げるために結婚するというのであれば、同性愛の人たちは結婚相手に異性を選ぶことはありません。 同性愛の人たちは恋愛対象が同性ですから、必然的に同性婚になります。 21世紀になってから、2001年にオランダで世界初の同性婚が認められて以降、北アメリカ・南アメリカ・ヨーロッパ・オセアニアを中心に、 同性婚を認める国が増えてきています。 日本では法律上、まだ同性婚が認められていません。 でも、 パートナーシップ制度を使って、同性婚をした人はいるんです。 1.杉森茜さん&一ノ瀬文香さん 増原裕子 生年月日:1977年12月27日 活動:LGBT活動家 東小雪 生年月日:1985年2月1日 活動:舞台女優、LGBT活動家 増原裕子さんと元タカラジェンヌの東小雪さんは、 2015年に渋谷区のパートナーシップ制度を利用して同性婚をしたことを発表しました。 しかし、 2017年にはパートナーシップを解消し、離婚したことを発表。 増原さんはその後、勝間和代さんとパートナー関係になりますが、それも増原さんから別れを切り出してパートナー関係は解消されています。 1.ロバート・キャンベルさん マーク・ジェイコブス 生年月日:1963年4月9日 活動:デザイナー ロレンツォ・マルトーネ 活動:広告代理店経営 ファッションブランド「マーク・ジェイコブス」の創設者であり、ファッションデザイナーのマーク・ジェイコブスさん。 2009年、ブラジル人の広告代理店経営者ロレンツォ・マルトーネ氏と アメリカのマサチューセッツ州で結婚式を挙げたと発表しました。 この結婚式は法的なものではなく、友人宅での人前結婚式でした。 その後も、別れたり、復縁したりを繰り返していましたが、結局は 破局しています。 マーク・ジェイコブス氏はその後、フランス人のポルノ俳優と交際を始めました。 5.ジョニー・ウィアーさん&ヴィクター・ボロノフさん ジョニー・ウィアー 生年月日:1984年7月2日 活動:元フィギュアスケート選手 ヴィクター・ボロノフ 生年月日:1984年7月4日 活動:弁護士 フィギュアスケート選手であるジョニー・ウィアー氏は、トリノオリンピック5位、バンクーバーオリンピック6位の成績を収めた世界的なスケーターです。 そんなジョニー・ウィアー氏は2012年、 ユダヤ系弁護士のヴィクター・ボロノフ氏と同性婚をしています。 2012年にはカトリックから相手の宗教であるユダヤ教に改宗までしていますが、2014年には離婚を申請し、 2015年には離婚が成立しています。 弁護士のヴィクター・ボロノフ氏は、ジョニー・ウィアー氏との離婚後、同じくフィギュアスケート選手のパナギオティス・ポリゾアキス氏と婚約しますが、こちらも破局しています。 6.エルトン・ジョンさん&デヴィッド・ファーニッシュさん しかし、 2013年には離婚しています。 日本で同性婚が認められない理由 日本では現在、同性婚が認められていません。 法律上、日本での結婚は男性と女性がするものであり、同性では結婚できないことになっています。 なぜ、日本で同性婚が認められないのか?それは2つの理由があると言われています。 憲法上認められない 日本では法律上、同性婚が認められていません。 「同性婚を認める法律を作ればいいのに」と思うかもしれません。 でも、そう簡単な話ではないのです。 法律の方向性を決める 日本国憲法では異性婚を前提としています。 日本国憲法第24条には、次のように書かれています。 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。 引用: 「両性の合意」という言葉がポイントです。 両性とは男性と女性のこと。 つまり、憲法上は異性婚のみが前提とされていて、同性婚は想定されていないのです。 同性婚について、2015年に安倍総理大臣は、次のように述べました。 「現行憲法の下では同性カップルに婚姻の成立を認めることは想定されていない」 引用: つまり、同性婚を法律上認めるためには、 まずは憲法を改正しなければいけないということになります。 憲法を改正するのは今日明日でできることではなく、議論も手続きも膨大な作業が必要です。 このため、日本では同性婚が認められないのです。 固定概念が強い 日本で同性婚が認められない理由の2つ目は、 「結婚は男女ですべきである」という固定概念が強いこともあると思います。 日本は欧米諸国に比べて、 LGBTへの理解が遅れています。 ただ、デメリットとしてはそれほど大きなものではないと思います。 また、同性同士だと当然子供の出産の可能性はゼロになります。 そのため、出生率低下を懸念する声もあります。 しかし、同性婚でも養子縁組制度などで子供を持つことは可能です。 それに加え、同性愛の人たちは異性との結婚は考えていないのですから、法律で同性婚が認められていない現在でも結婚はせず、もちろん出産もしないのです。 つまり、現状と何ら変わらないと言えるのではないでしょうか。 まとめ 同性婚をした芸能人・有名人カップル、さらに同性婚が日本では認められない理由やメリット・デメリットをまとめましたが、いかがでしたか? 日本では法律上認められていませんが、パートナーシップ制度を設けている自治体はあります。 世界的な流れとして、今後は日本でも同性婚が認められるようになる可能性は十分にあると思います。

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世界の同性婚

同性婚

こんにちは、すぎ餅です。 あなたは同性婚と聞いてどんなことを考えますか? 自分は「幸せかどうか」という事がまず頭に浮かびます。 幸せの定義 「幸せ」という抽象的な話題を取り扱う場合、ちゃんと意味を定義しておく必要があります。 ここでいう定義とは、広辞苑にあるような「意味」としての定義ではなく、自分の言葉に対する考え方という点での定義です。 しかし、この「幸せ」という言葉は、様々な定義がなされており、このトピックだけで1つの記事が書けてしまいます。 ここでは単に「その人の人生において良い状態のこと」としましょう。 「良い状態」とは感情的にポジティブに感じている状態と定義しましょう。 異性愛者が異性を好きになるように、同性愛者は同姓を好きになる このように定義すると、「それは違う」とか、反対意見を言う人もいるでしょう。 自分としては、多数派である「異性愛者」に対して同性愛について説明するならこれが一番簡潔でわかりやすいと思っております。 つまり、立場を逆にすることでお互いの理解が深まるという事です。 ここで、これを書いている筆者はどうなんだよ!と、思う人もいるでしょう。 自分は「パンセクシュアル」です。 実際に恋愛経験はありませんが、性別に関係なくいろんな人を好きになります。 そういった視点から、「お互いの立場を入れ替えて想像すればわかるよね」と思った次第です。 想像してみましょう。 「日本の法律では異性愛者は異性と結婚することが禁止されています」 どう感じましたか?これは人それぞれ感じ方は違うと思います。 例えば、結婚に価値を見出している人なら「幸せになれない!」と思ったかもしれませんし、結婚に執着しない人なら「別にどうでもよくね?」と思ったかもしれません。 ではもう少し具体的に想像してみます。 自分は昔からその子のことがずっと好きだった。 自分の中ではそれが当たり前だと思っていた。 高校の時、自分が告白して付き合いだした。 しかし今いる彼女は結婚することができない。 日本では異性間での結婚は制度化されていないからだ。 」 長々と自分の妄想を垂れ流してしまい申し訳ありません… しかし、これだけ具体的に想像してみると「好き」なのに結婚できない事実に対する気持ちがどんなものかわかりやすくなると思います。 事実として、現在の日本では「異性愛者は異性と結婚できるが、同性愛者は同姓と結婚できない」という事ですね。 反論に対して よく、「事実婚でいいじゃないか」「養子縁組ではダメなのか?」という人がいます。 これに対して私は先ほどと同じように「立場を逆にして考えてみる」ことをお勧めしたいです。 また、後ほど説明しますが、自分の意見の根幹として「幸せの総量を増やす」という事があります。 妥協して選んだその二つの選択肢と、「結婚」、どっちの方が幸せですかね? 幸せの総量問題 幸せって誰かと取り合うモノなんですかね? 自分は幸せというのは、量で表せば可能な限り無限大であると考えていて、他人が幸せになると自分が不幸になるという考え方とは真逆なんです。 他人が幸せになれば世界全体で幸せが増え、その結果、自分の幸せの総量も増やすことができると。 この時、自分だけが世界の幸せから外れているのではなく、自分の幸せも世界の幸せに関係していると考えることがポイントです。 だから可能な限り、多くの人が幸せになる方法があるのだとすればそれに賛成したいと考えているわけです。 幸せになれる仕組みが整った世界であれば、自分も幸せになることだってできるという事です。 結論として 自分は可能な限り多くの人が、可能な限り大きな幸せを手に入れることができる選択肢を選びます。 これが自分が同性婚を賛成する、現時点での理由です。 最後に この問題はいろんな視点から物事を見て慎重に検討する必要があるでしょう。 あくまで自分はこんな視点から考えているよ!という事です。 メリット・デメリットを客観的に分析する人、当事者だから制度化されると嬉しい人、いろんな価値観、立場、考え方があると思います。 今回取り上げなかった視点はあくまで「自分としての視点」ではないので取り上げませんでした。 しかし、いろんな人の意見なども聞いてみたいので自分のTwitterなどに軽率にリプを飛ばしたりしてくれると嬉しいです。

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