祇園祭 2019 山鉾。 祇園祭2020 山鉾(山鉾巡行)ガイド

【祇園祭2020】山鉾の構造と組み立て方・中止か否かは未定です。

祇園祭 2019 山鉾

2020年コロナ禍の影響 静かな夏 祇園祭 山鉾巡行、宵山、神輿渡御・・・今年は中止 京都の夏を彩る祇園祭。 毎年7月になると京都市中心部では「コンコンチキチン」の祇園囃子(ばやし)が響き、祭りムードが高まる。 ところが今年は新型コロナウイルスの拡散防止策として、大勢の人が集まる主要行事が中止されることになった。 今回の中止は、山鉾巡行は58年ぶり、神輿渡御は74年ぶりとなる。 今年は、「動く美術館」とも称される豪華なタペストリーで飾った山鉾の巡行はない。 例年数十万人の見物客でにぎわう宵山も、お囃子もない。 八坂神社の神輿も渡御しない。 京都は静かな夏を迎える。 祇園祭は、平安時代の9世紀に天変地異や疫病の退散を祈った御霊会が起源とされる。 14世紀になって山と鉾が登場するようになった。 財力を蓄えた京都の町衆たちは、競い合うように山と鉾を豪華に飾るようになり、現在に至っている。 中止の歴史をさかのぼると、古くは「応仁の乱」によって中止を余儀なくされたことがある。 「大平洋戦争」の影響で、1943年~46年には山鉾が姿を見せることはなく、神輿渡御は44年~46年は中止された。 四条通の地下に鉄道を通す工事が行われた62年には、神輿渡御は行われたものの、山鉾巡行は中止となった。 主要行事は中止となるが、八坂神社は、7月17日~24日、京都市下京区四条通寺町の御旅所に、神輿に代えて榊(さかき)を設置し、神様の依り代とする。 また、34の山鉾町は、各町内で規模や内容を変更し「吉符入り」などの神事を行う。 祇園祭 神輿渡御・山鉾巡行の中止や延期があった年 西暦 和暦 できごと 1467 応仁元 応仁の乱勃発。 神輿渡御、山鉾巡行は中止 1500 明応9 神輿渡御、山鉾巡行復興 1582 天正10 本能寺の変(6月2日)により11月に延期 中略 中略 1879 明治12 コレラ流行。 11月に延期 1886 明治19 同上 1887 明治20 コレラ流行を予想して5月に前倒し 1895 明治28 コレラ流行。 10月に延期 1912 明治45 明治天皇危篤。 後祭の山鉾巡行は中止 1913 大正2 明治天皇服喪中のため8月に延期 1914 大正3 昭憲皇太后が亡くなり延期 1943 昭和18 太平洋戦争の影響で山鉾巡行中止 1944 昭和19 神輿渡御中止、山鉾巡行中止 1945 昭和20 神輿渡御中止、山鉾巡行中止 1946 昭和21 神輿渡御中止、山鉾巡行中止 1947 昭和22 神輿渡御復活。 長刀鉾と月鉾が建てられる 1962 昭和37 阪急電鉄の地下工事で山鉾巡行は中止。 ほとんどの町内が山鉾を建てた。 神輿渡御は行われる。

次の

2019年祇園祭の写真まとめ

祇園祭 2019 山鉾

2020年コロナ禍の影響 静かな夏 祇園祭 山鉾巡行、宵山、神輿渡御・・・今年は中止 京都の夏を彩る祇園祭。 毎年7月になると京都市中心部では「コンコンチキチン」の祇園囃子(ばやし)が響き、祭りムードが高まる。 ところが今年は新型コロナウイルスの拡散防止策として、大勢の人が集まる主要行事が中止されることになった。 今回の中止は、山鉾巡行は58年ぶり、神輿渡御は74年ぶりとなる。 今年は、「動く美術館」とも称される豪華なタペストリーで飾った山鉾の巡行はない。 例年数十万人の見物客でにぎわう宵山も、お囃子もない。 八坂神社の神輿も渡御しない。 京都は静かな夏を迎える。 祇園祭は、平安時代の9世紀に天変地異や疫病の退散を祈った御霊会が起源とされる。 14世紀になって山と鉾が登場するようになった。 財力を蓄えた京都の町衆たちは、競い合うように山と鉾を豪華に飾るようになり、現在に至っている。 中止の歴史をさかのぼると、古くは「応仁の乱」によって中止を余儀なくされたことがある。 「大平洋戦争」の影響で、1943年~46年には山鉾が姿を見せることはなく、神輿渡御は44年~46年は中止された。 四条通の地下に鉄道を通す工事が行われた62年には、神輿渡御は行われたものの、山鉾巡行は中止となった。 主要行事は中止となるが、八坂神社は、7月17日~24日、京都市下京区四条通寺町の御旅所に、神輿に代えて榊(さかき)を設置し、神様の依り代とする。 また、34の山鉾町は、各町内で規模や内容を変更し「吉符入り」などの神事を行う。 祇園祭 神輿渡御・山鉾巡行の中止や延期があった年 西暦 和暦 できごと 1467 応仁元 応仁の乱勃発。 神輿渡御、山鉾巡行は中止 1500 明応9 神輿渡御、山鉾巡行復興 1582 天正10 本能寺の変(6月2日)により11月に延期 中略 中略 1879 明治12 コレラ流行。 11月に延期 1886 明治19 同上 1887 明治20 コレラ流行を予想して5月に前倒し 1895 明治28 コレラ流行。 10月に延期 1912 明治45 明治天皇危篤。 後祭の山鉾巡行は中止 1913 大正2 明治天皇服喪中のため8月に延期 1914 大正3 昭憲皇太后が亡くなり延期 1943 昭和18 太平洋戦争の影響で山鉾巡行中止 1944 昭和19 神輿渡御中止、山鉾巡行中止 1945 昭和20 神輿渡御中止、山鉾巡行中止 1946 昭和21 神輿渡御中止、山鉾巡行中止 1947 昭和22 神輿渡御復活。 長刀鉾と月鉾が建てられる 1962 昭和37 阪急電鉄の地下工事で山鉾巡行は中止。 ほとんどの町内が山鉾を建てた。 神輿渡御は行われる。

次の

祇園祭の山鉾巡行中止を発表「苦渋の決断だった」 日本三大祭り|文化・ライフ|地域のニュース|京都新聞

祇園祭 2019 山鉾

山鉾巡行中止を発表する会見の冒頭であいさつする八坂神社の森壽雄宮司(右)と祇園祭山鉾連合会の木村幾次郎理事長=20日午後1時58分、京都市東山区・八坂神社 日本三大祭りの一つ祇園祭の山鉾巡行について、祇園祭山鉾連合会(京都市中京区)と八坂神社(東山区)は20日、同神社で記者会見し7月17日の前祭(さきまつり)と同24日の後祭の山鉾巡行を中止すると発表した。 同連合会によると、組み上がった山や鉾を試し曳きする「曳き初め」は行わない。 また山鉾建ては6月上旬まで様子を見て決める。 一方で仮に山鉾建てを行ったとしても夕方には山鉾町の全行事を終了するほか、会所への関係者以外を立ち入り禁止とする。 厄除けちまきについて同連合会は「祇園祭に関わる一つの文化。 なんとか授与していきたい」とした。 また例年、神幸祭(7月17日)と還幸祭(同24日)では神輿渡御が行われるが、実施せず八坂神社境内で神事を行う。 神輿渡御の中止は1946(昭和21)年以来、74年ぶり。 八坂神社の森壽雄宮司は祇園祭の起源に触れながら「苦渋の決断だった。 誠に残念だが、お祭りはいつの時代も柔軟な考えで継承されてきた。 ぜひ柔軟な考えで臨みたい」と話した。 祇園祭は、葵祭(5月15日)、時代祭(10月22日)とともに京都三大祭りの一つに数えられる八坂神社の祭礼。 例年は7月1日に行われる長刀鉾の稚児によるお千度に始まり、31日の疫神社夏越祭まで1か月続く。

次の